c71の一日

生活の記録

三十路になって突然モテた

三十路になって突然モテました。
若くて綺麗なときにはモテなかったんだからよくわからないものです。

変えたのは、二点です。
髪を染めてふんわりさせたこと。
人と会う回数を増やしたこと。


髪を染めてふんわりさせたら、それだけで、男の人から声がかかりやすくなりました。髪の毛巻いただけです。信頼できる美容師さんにアドバイスをもらったのです。
別に女らしいキャラを作らなくても、片付けができなくても、それでいいみたいです。
わたしのキャラをそのまま出しても引かれないし、おもしろがってもらえる人は一定数いるみたいです。
人と会う回数を増やしたので、わたしのことを気にしてくれる男性も増えました。
ようするに、髪の毛をふんわりさせて、認識されやすくなった上に、わたしが出会いにいったので、気に入る人の割合が変わらなくても人数が増えたわけです。

この前は六十人の男性と出会ったので、その中で気があったのが1人でした。
六十分の一です。

狭い世界で生きていたら、適齢期の男性なんて、身の回りに一人か二人しかいません。
その相手を好きだの嫌いだの言っても、意味がないです。
最初から気が合わない相手を好きになろうとしても徒労です。
環境が近くて、気が合うかもしれないけれど、もっと気が合う人はいるかもしれません。


わたしは、面食いなので、顔から入ります。
だから、街コンがあっていたのかもしれません。とりあえず、見た目が好みの人に連絡先を渡して、その中から話も合う人を見つけていったら、軽トラ王子が残った感じです。介護士さんともデートしていますが。


面食いなのは、性格も悪くて顔も悪い男は最低だからです。性格が悪くて顔がいい男は「悪い男だったな」」と振り返れますが、顔が悪くて性格が悪い男と別れた後は、「なんてつまらないやつとつきあったんだろう、自分がわからない」としか思えませんでした。つまり、顔の悪い男とつきあっていたわけです。


顔がいいと、何か変なことをしても、「でもかわいい…」と思えるので自分が楽です。
ひとつはいいところがあると思えるので、嫌なことがあっても乗り越えられます。


だから、面食いなのですが、ハンサムは必ずしも、顔がいい人を好きなわけではありません。
好きこそものの上手なれで、ハンサムとは積極的に話すわたしですが、ハンサムにはハンサムなりの悩みがあって、同性からも異性からも距離を置かれ、さみしい思いをしていたり、いじめられたりしていたりして、自分にコンプレックスがある人もけっこういます。
だから、ハンサムと言えども、同じ人間なのです、ということを忘れずにいたら、結構友だちになれます。ハンサムの友だちはハンサムなので、ハンサムの知り合いができます。


そういうわけで、女として魅力がないとか、気が利かないからモテないんだ、とか、いろいろ悩んでいたわたしですが、とりあえず、髪の毛ふんわりしていたらいいんだということがわかって、楽になりました。

それはばかばかしいかもしれませんが、飲み会でサラダを取り分けるのに命をかけるよりずっとましです。
髪の毛巻いて、可愛いと思われるんだったら、筋肉あって細マッチョで清潔感あったら好きになるわたしもお互い様です。お互い様というか、筋肉も背が高いのも、どうにもならないことなので、わたしの望みの方がたちが悪いような気もします。髪を巻くのも、最初は十五分かかりましたが、美容院で買ったこてに変えて、慣れたら、五分かからずできるようになりました。

髪の毛を巻きさえすれば、自分を偽らずにいても、好きになってもらえるんだから、全然悪い取引ではありません。
わたしは、飲み会でサラダを取り分ける女の役になるのは、死んでもごめんなのです。そういうの期待する男はうざいので、お互い様です。最初から知り合わないのが身のためです。
わたしは、髪の毛ふんわりしてさえすれば、どんだけださくて気が利かなくても面白いと思ってくれる人の方が好きです。それだけのことです。
わたしは、ださいし、料理できないし、趣味もないけど!あと、わがままだし、って言っても、それはそれで笑いも取れて、受けるようになったので、なんだか楽になりました。たぶん意外とそんなの期待されてないですし、期待しない男の人とつきあいたいので、一石二鳥です。

いろいろな男の人と知り合ったら、価値観が合う人とも当然知り合えるんだなと思いました。
数打てば知り合うというわけです。

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