読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

c71の一日

生活の記録

もらえるものは、もらう、と言えるほどでもないし、いやなことをされたら言い返します

わたしは年金をもらっていませんが、もらいたいです。

でも、もらってもそれだけで自活できるわけじゃないので、もらえると言えるほどもらえるわけじゃないなあと思います。家族の負担が大きいのです。


メンタル面での家族のサポート、負担が大きいので、経済的な負担はこれ以上かけたくないと言うのが本音です。


わたしの生活が不自由な分は、誰かがしわ寄せを受けていて、そして、それが行政であれば良いのですが、今のところ家族だ、というところがわたしの不本意なところです。



わたしに貧乏なんだよという人のほとんどは、聞くとわたしよりも収入が多いです。


複雑な気分になりますが、どうしようもないことです。わたしにはわたしなりの働き方をするしかないです。


健常者や定型の人が障害者をうらやましがり嫉妬しひがむことは良く見受けられます。おれたちだって、つらい、おれの方がつらい、と訴えてくるのです。もちろん、不自由があるのに、行政の不備で、障害者認定が受けられない人は除きます。


それは意味がないのでやめた方が良いです。もし、こちらに余裕があって、話を聞いてあげられるような愛情を持てるなら、おお、よしよしと言ってあげるのですが、だいたいの場合は話を聞いてあげて当たり前、今日はもう無理だと言うと、「冷たいですね」「ひどい」「そんな言い方ひどい」という台詞がかえってくるので、たいていはこちらの負担はないことになります。


具体的に言った人がいるので、書いてみました。
その人がこのブログを読む可能性はあるのですが、ずっと心に引っかかっているまま暮らすのは不自由なので書くことにします。
わたしはあの台詞を言われたことに納得が言っていません。
わたしはできることをしたのに、それで、自分の意思表示をしたのに、言い方が悪いと言われるのは腑に落ちません。
調子が悪く、余裕がないなら、余裕がない相手に合わせて、その日は話すのをやめれば良いと思います。
わたしは優しくないですが、優しくないとはっきり言われるといやな気分になります。
なぜなら、その人にとって、わたしは都合の良いだけの人間だったのだなあということが、明らかになるからです。
こちらが余裕がないと言ったことにたいして、自分も余裕がない、優しくないと返すのは明らかに優しくない行為です。自分が要求しているものを、わたしに与えずに、わたしからだけ奪っていこうと言う意思が見えます。
お互い余裕がなければ、早く寝ればそれで解決できる話なのに、どうして、人は捨て台詞を吐いてしまうのでしょう。そうしたら、また、復活する目がなくなります。
わたしもこうしてこのエントリを書いたので、目がなくなったとおもいますが、書きたかったのでしかたがないです。


書くことは人を傷つける、というよりも、わたしは人を傷つけます。ひどいですね。


障害者利得、というものがあると信じている人がいるらしい、それは都市伝説だと思っていました。どう考えても、障害があるよりも、健康で自分の力で稼げる方が楽しいんじゃないですか。
利得なんてないことは調べればわかることなので、それをしない人は怠惰な上に調査能力と思慮に欠けており、思いやりもない、ないないづくしのかわいそうな人間だと思います。


障害者は優しい、というイメージがあるようですが、そんなことはないです。弱い人の方が人の気持ちをわかるんだ、と思い込んでいるのならば、ぜひ、こちらの弱い方の立場に降りて来てください。お待ちしておりますので、一緒に傷をなめ合いましょう。たぶん、わたしはすぐに飽きてしまいますが、需要があるはずです。優しいと思われるのは軽く思われるのと似ています。違う場合もありますが、無限に搾取される地獄からうまく脱却するには、かなりの手腕が必要でしょう。



健常者はなんで障害者におれはつらいと訴えてくるんでしょうか。なぞです。それは選んでいる働き方や生活なんじゃないですか。たしかに、わたしはしがらみから抜け出す口実があるので、そこは便利かもしれませんが、基本的には、普通の人の苦しみプラス障害のハンデ、という形なので、なにもうらやましい点はないはずです。


わたしが受けているのは、医療費が安くなるサービスと介護ですが、それも、元気だったらそもそも必要がないので、そこまで得をしている感じはありません。ありがたいと思っているのですが、得ではないと思います。


わたしが余裕がないから話を聞けないと、障害を持っていると知っている人に話したときに「こちらも余裕ないです、と返されて、話を聞いて上げているのはこちらだし、と思ったことを覚えています。楽しめないのはこちらの問題ですが、だからこそ話を切り上げようとしているのだから、話し相手の人には、わたしを楽しませて、負担を感じさせない手腕を磨いてほしいなあと思いました。ひどいと言われたり、嫌いなのかと聞かれたら、そのこと自体が嫌いだなあと思うわけです。


こんなことを書くと、読んだ人が傷つきますね。わたしはひどい人間です。



さてさて、昨日罵倒コメントに、コメントを返しました。

意外とすっきりしました。
疲れたんじゃないかと心配されたのですが、思っていたことをぐいぐい思い切りかけたので、非情にすっきりしました。良い気分です。


それとコメントについて、わたしは賢くない、と書いてしまったのですが、それは誤りなので訂正しなくてはいけません。


わたしは社会的なことと感情的なことに疎いし、人間関係もわかりませんが、文字の世界だけに限ると、賢く明晰で頭も良いです。これからもぐいぐい行きたいと思っております。


それはそうと、ハイになりすぎないように気をつけなくてはと思いました。

基本的にわたしの方が、根気があって長文が書けるんだから、気持ち悪いコメントを怖いと思って返事をしなかったのがバカみたいです。これからも書いていこうと思います。