c71の一日

生活の記録

時と場合による服装の話

わたしは服装が変だ。


それは二番目のおかあさんに言われていたことでもある。

なので、二番目のおかあさんとはその件のことで、遠ざかっていた。


今日は胸元の開いたセーターを着ていた。結構ぴったりしたやつ。


そうしたら彼氏が寒そうと言い出した。最初は、うん、うん、と聞き流していたけど、羽織った方が良いとか、寒くないの、とか、夏だったら露出していてもおかしくないけど、と言い出したので、家をすぐ出てから言ってくれれば、取りにいったのに、寒くないかじゃなくて、見た目の話だよね、と言ってから、もうどうしようもない感じで、「もう、帰る」としか言えなくなってしまった。


わたしはボロボロ泣いて、過呼吸になった。
過呼吸になったなあと思いながら彼氏はどうするかなあと思った。困っておろおろするかなあ、と思った。

そうしたら、落ち着くまでここに座ろうと言って、座らせてくれ、肩をぽんぽん叩きながら話を聞いてくれた。わたしはすごく変な顔をして泣いていたし、うるさかったと思うし、彼氏は恥ずかしかったと思う。だけど、彼氏は肩と首をもんでくれていた。


わたしには服のことがわからない、ということを話した。何が変で何が変じゃないかわからないのだ。なんだか、そのカッコウでいることが理由もなく恥ずかしくなって、わたしが普段着ている服装が全部ダメなんじゃないかと思った。

でも、そうじゃなくて、体の線が出る服装をするのが変だということだった。

わたしには、体の線が出ることがどうしてダメなのかわからない。


家に帰ってから、話し合いをしようと言われた。
わたしは泣いて泣いて、この服を捨てると言って、着ていた服を脱いで、捨てようとしたけれど、「なんで」と言われた。
「捨てなくていいよ」と言われた。
わたしはこの服がダメなのに、どうして、捨てたらいけないのかわからなくて混乱した。
服にはもういやな思い出がついてしまったから、嫌いになったし、変なんだったらもう着たくない。

体の線が出る服は、どうしてダメなのか、わからないけれど、それはインナーというものだと教えてもらった。

確かに彼氏はスタイルが良いけれど、内側に着ているぴったりした服装で外にいたら変でしょ、と言った。それは彼氏は恥ずかしいと言った。恥ずかしいのかあと思った。


このたとえじゃわからないかもしれないけど、冬に水着で歩いていたら変でしょ。と言った。

わたしは水着で歩いているわけじゃないと思ったけれど黙っていた。


でも、言おうとしていることはわかると思った。


「大人になってからわかるので良いから。常識って、社会の人が暮らしやすくすることだから。知識だから、覚えれば良いだけのことで、能力とか、ダメとかそういうことじゃないよ。
子どもの頃、教えてもらえなかったなら、親だっていろいろいるんだから、大人になってから知れば良いんだよ。二番目のおかあさんだって、そういうつもりだったんだと思うよ。
寒かったら暖かい靴を履いた方が快適だし、でもお金がなかったら履けないじゃん。履けない人を見て、常識がないなって思うのは変じゃん。お金がないだけじゃん。子どもの頃、靴を買ってもらえなくて、そういうことを知らなくても、快適なように買えば良いんだよ。そういうの、わからなかったら、知れば良いんだし、努力とかじゃないから。ダメなんかじゃないんだよ」と言ってくれた。


「今までもさ、正直に言うと、露出があるな、と思ったことがあるよ。でも、いつも変だったわけじゃないよ。好きな服着ればいいじゃん。それも個性なんだからさ。そういうの、おれ、いつも俺に合わせて服着てほしいなんて思ってないよ。好きな服着たら良いと思うよ。服がなかったら、今度買いに行こうよ」と言ってくれた。

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