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c71の一日

生活の記録

暇で、さみしく、悲しいのである

久しぶりにテレビをつけてみたら、うるさかった。


今は退屈で、暇だから、悲しくなった。


とにかく気持ちが沈む。
悲しい、さみしい、誰かと話したい、という心境だ。


世の中とは十分なじめたので、これ以上なじむ必要はないと思っている。テレビを見ないと人生の半分を損していると言うが、テレビを見て失う時間もやはりあるのだ。どちらの経験を選ぶのかは本人の自由なので、わたしはそっとしておいてほしい。


今年は、知り合いが増えた。知り合いが増えるということは、摩擦が増えるということ。


わたしをより良くしようと助言する人の数が二倍に増えた。わたしは今の生活を自分なりに日々よくしようと思ってはいるので、助言をされるとペースが乱れる。それが、今の不調、さみしいと言う気持ちにつながっている。


来年は服と化粧品を買わないで、お金を貯めようと思う。



文章をほぼ毎日書いてきた。


それで、出来上がったのが今のさみしさ、悲しさだ。


わたしはこのさみしさ、悲しさを十分に味わう必要がある。
自分で作り上げたものを鑑賞する時間を持つことが贅沢だからだ。



毎日何かしら書くことがあった。もう書くことがないということはなかった。
自分自身が毎日更新されていて、新しければ、思いつくことも違う、切り方も、着目することも違う。



今年と来年で何が変わるわけでもないだろうけれど、出会いと別れがあるだろう。
そして、また、さみしさが来るだろう。


わたしは以前と比べてさみしさに対して抗わなくなった。受け入れるようになった。
年を取って、鈍くなった代わりに、さみしさの先がわかるようになったからだろう。

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