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c71の一日

生活の記録

犬はしゃべれないが可愛い、わたしは話すことができる上に可愛い

今日は同人誌の集まりで、平均年齢七十オーバーな集まりにいって、十人の老人に囲まれてきました。


疲れたけど、いやじゃない?かな、って思いました。
具合が悪くておとといから寝たきりだったから、会合に出た後、体調不良になるつもりで、実際なったけど、あれ、でも、意外と頭痛とか楽になっているなあと思った。


こういう風にだんだん、何をしゃべったら大丈夫で、何をしゃべったらダメなのか心配になったけれど、老人たちは耳が遠いからいろいろなことを気にしなかった。

失礼ですけど、と言われて身構えたけれど、長女ですか?と聞かれたくらいで、みんな立ち入った話はしなくて、文章の話だけをひたすらにしていた。


生きているといろいろなことがあるから、そのときにしか書けないものもあるし、それを書き終わったら、新しく書きたいものが出てくる、それが、生きることの素晴らしさだ、と言っている人がいて、とても良いなあと思った。


長く書いていると雷に打たれたように、人から評価を受けることもないわけじゃないから、とにかく、若いし、頑張って書いてくださいと言われました。


わたしのことを養女にしたい、と言って、家に招待したいと言ってくれた人もいらっしゃって、茶の湯に興味ないかと誘ってくれたのに、「お金ないんで」と断ってしまって悪かったなあと思った。わたしはキャパオーバーが出てしまった。でも、そのあと、「お金ない方が頑張れるからお金ない方が良いのよ、一生懸命楽しもうとするから。お金は薬にもなるけど毒にもなるから、芸の厚みが増すから良かったら挑戦してみて」と言われたので、嬉しかったです。


個性的なあなたが嫌われる理由 | 【アスペルガー・発達障害】アズ直子公式サイト

わたしは悪い個性を持っていて、そのせいで人に嫌われる。
悲しいしつらいし、そもそも体調が常に悪い、ということはとても苦しい。
それも努力不足だと見なされるし、最近は思わないけれど、自分でもそう思ってしまったこともある。

だけど、今日会った人たちは、わたしの悪い個性に気づかなかった。
気づいたとしても、見逃してくれた。
だから、悪い個性を見せてしまったとしても、それを苦にしない、集団を探して選ぶのは大切なことだと思った。


世の中には意地悪な老人もいるのだけど、今日会った老人たちはみな一様に優しかった。
みんな体に不自由があるはずなのに、そんな愚痴もこぼさず、したいことをしてキラキラしていた。いつもは、つらいこともあるのかもしれないけれど、今日の会合はみんなの「華」の部分をそれぞれ寄せ合った日なんだと思う。
そして、わたしの不具合については、何も気づかず、気づいたとしても「若いって良いねえ」と心からニコニコしてくれていた。死ぬ前にやりたいことやらなきゃ、と言って、七十後半の男性が、七十前半の人を励ましていて良いなあと思った。やりたいことがあるなら七十前半にやっておくと良いよ!と言われていた。死に支度を始めたから、と言って、本をくれた人もいた。


飛行機に乗るのが怖い、死ぬのが怖い、と言う人も、「まだ片付いていないから死ぬのが怖い」と言っていた。そういう年かあと思い、自分の身辺整理をすることを考えていて、こういう会合にも出て来て、自分でできることは何でもするし、身ぎれいにしているし、わたしにも優しいし、みんな素晴らしいなと思った。


わたしには悪い個性がある。
体調は始終悪いし、機嫌も不安定だ。空気も読めないし無作法な面もある。
老人たちと似た特徴を持っている。
今日会った老人たちは寛容だった。
それでも、消耗した。
人の表情を見たり、声の調子や、話し方や、何を言っているのか解析するのはたいへんだった。
それでも、きりきりと緊張して生きなくても、わたしを受容してくれるところは、探せばあるのだなあと思った。
会費が高くて痛手だけど、もう少し続けようと思う。





わたしは小学生のときに、鉛筆を削る小刀を持って男の子を追いかけ回した。
筆箱を盗られて、パスされて、ランドセルを踏みまくられたからだ。
でも、先生はわたしの方が、悪いと言った。
わたしはからかわれ、何を言っても口まねされ、言い返され、多勢に無勢だった。
でも、そのことは斟酌されなかった。悲しかった。
わたしは殴るしかなかった。
でも、その後言葉に対して、わたしは執着して、言葉を磨くようになった。
猿のような小学生男性には通じなくても、通じて、味方になってくれる人はいるのだ。
そのことに気づいたときに、言葉は武器になると思った。


共通の話題を持っていて、年齢が違う人と会うのは面白いのかもしれない。
まだまだ予断は許さないけれど、気をつけて関わっていきたい。