c71の一日

生活の記録

母の檻 不可能と抑圧と勉強

勉強は、母の檻からの扉だった。
勉強をさせたのは彼女の見栄だ。
優秀な子どもを持っているのはお母様が良いからですよ、と言われたかったからだ。
わたしが進学校に受かったとき、わたしに喜ぶな、と彼女は言った。
彼女は近所の人にさすがですね、と言われて、鼻を高くしていた。

勉強を武器にして、わたしは生き延びて来た。


勉強をしていたから、母の異常さに気づけた。
本を読み、学習した。
わたしは母から人格障害じゃないかと言われていた。
わたしは勉強をして、自分はそうじゃないと、わかった。
そして、精神科を受診した。
そこで、アドバイスを受けて、今に至る。
勉強をしていなかったら、精神科に偏見のある母の言いなりになって、精神科にも行けなかっただろうし、そうしたら、今も母の檻の中にいた。
わたしは勉強をしたから、何が正しくて何が間違っていて何が常識なのか、知るすべを得た。


それでも長い間逃げられなかったけれど、逃げられたから、それでもましだ。
勉強のおかげだ。
情報を得て、正しい判断をしたのは、勉強をする力があったからだ。


今は生き延びているだけじゃない。
快適に、幸せに、心地よく生きられる日も増えた。


不可能だと思ってたことがどんどんできるようになってきた。


抑圧されていたのかなあと思う。

母はわたしに赤ちゃん言葉で話しかけていた。
成人してからもずっと。
赤ちゃん扱いされていたから、わたしにはできないことばかりあるのだと、思っていた。


普通のことができない人間なんだと思っていた。
それは抑圧だ。
赤ちゃん言葉で話すことは抑圧だ。わたしに、できないと思い込ませるための罠だった。
わたしは彼女が赤ちゃん言葉で話すことがいやだった。
でも、機嫌を損ねるとめんどうなことになるので、迎合していた。
良い時もあったから、なおさら逃げられなかった。
虐待する人は、常に虐待しているわけじゃない。
優しいときも、愛情豊かなときもある。
嘘もつく。自分はかわいそうでさみしい人間だから、あなたがたよりなのだと言う。
だから、逃げられない。



わたしは悔しい。
そのせいでできないかった過去が取り戻せないことが悔しくて、苦しくて、のどから呪詛が漏れる。
もっと、早く逃げられていたら。
もっと違う人生があったかもしれないのに、と思うと、苦しくなる。
失われた時間は戻ってこないのだ。
奪った人が明確だから、恨みたくなる。
そして、恨めば恨むほど、今の時間がすり減っていくのだ。だから、わたしは恨めない。


わたしには、実は、できることがたくさんあるのかもしれない。その可能性を摘まれていただけかもしれない。
わたしは、母にできないと言われたことが、どんどんできるようになりつつある。
完璧にはできないんだから、しなくて良い、と言われていたけれど、流しも洗えるし掃除機もかけられる。食器も洗えるし片付けも習ったらできるようになった。
彼女は、できないはずだと言っていた。


わたしは自分自身で、能力不足で、不可能だと思っていただけで、できることがたくさんあった。できなくても、工夫したらできるようになったこともたくさんあった。精神科で、もらった薬を飲んだら、体も動くようになった。めんどくさいと思わずにテキパキ動けるようになった。


母に、「お前にはできない」と呪いをかけられていただけだったのかもしれない。抑圧されていただけかもしれない。


自立すると母がさみしいから。
わたしが母から自立しないように。


しかし、母から離れたとたんに、いろんなことができるようになって、そして、社会に必要とされる自分に出会えたのだ。
わたしは母といない方が幸せだ。

友人が
押さえつけられていたものがようやくスタートを切って、これからも成長していける、まだまだ変わっていける、と言ってくれた。
育てないと種がもったいないと。遅くなんてないと。


過ぎ去った年月に胸をかきむしられる。火で焼かれるような気持ちになる。
若くて美しい時期に、装えなかったことも。
ボロばかり着せられていたことも。
罵倒されて辱めを受けたことも。


みんな。



でも、わたしは離れて暮らしている。
自分で稼げるようになって、服も買った。今度は節約して貯金をする段階にも来た。


遅くないのかな。
遅いような気もする。
でも、今が一番早いときなんだ。だから、呪詛を返して、時間を無駄にしてはもったいない。より若い時間がなくなってしまう。


友人は良い種があるんだからもったいない、遅いことなんてないと言ってくれる。


良い友だちがいてくれて、わたしには、もったいないことだ。ありがたいことだ。
恵まれている面もある。


わたしは虐げられて来たけれど、発達障害だったから、人格的にはゆがめられなかった。
それは良かった。スポイルもされなかった。わたしはわたしのまま完成していたから、だから、抑圧されるだけで済んだ。自閉症スペクトラムの性質が、わたしの良心を守った。
嘘をつくことも似なかったし、人を罵倒することも似なかった。抑圧することや害することも似なかった。
自閉症スペクトラムのおかげだ。わたしは理屈に合わないことを好まない。
勉強をしたせいで、外界に触れることができた。勉強しなかったら、ただしさとも巡り会わず、母の檻から抜け出せなかっただろう。


今までのことを考えると、後悔で胸をかきむしられる。わたしは愚かだった。もっと早く逃げれば良かった。
わたしのせいで、わたしはかわいそうだ。


わたしの意思で逃れられなかったんだろうか。
でも、モラハラとは逃げられないようにするところまでが被害なのだ。わたしはモラハラの被害者なのだと思う。


母はわたしにモラハラをした。
だから、わたしは逃げられなかった。


檻よりも手錠よりも恐ろしい支配から、長い時間をかけて、ゆっくりと、抑圧されて、そして、死にかけながら逃げ出した。命の危機が迫れなければ逃げられなかった。


わたしは逃げた自分を信じよう。

だから、遅くないんだ。

大丈夫、大丈夫。これからも楽しいことはきっとあるはず。

つらいことがあって良かったなんて思いたくはないけれど、つらいことがあったせいで、人のつらさに共感できる。


それだけでも良かったことがひとつあるんだから、悲観しないでおこう。


今までの自分がかわいそうで、なかなか立ち直れない。

母から逃げ出して三年で、非正規雇用からはじめて、正社員への道が開けた。

母にいるときには、絶対に働けないだろうと思っていたのに。



思わされていたんだなと思う。



抜け出したら、すぐに、信用されるようになったのだから、わたしには能力があるんだと信じたい。


友人の弁によると「過酷な環境で生き抜いてきたことへのボーナスもきっとあると信じたい」とのことだ。


あるかもしれない。
きっとある。


持っているカードでしか勝負できないと聞く。


今のところ、わたしはなかなか頑張っているんじゃないか。


自閉症スペクトラムの人の成長は遅いという。だから、わたしはその意味では標準的なのかもしれない。



母の檻は良くできている。劣悪な環境も、常識のなさも、嘘だらけの毎日も、全部当たり前だと思わされる。本当の味方を敵だとわたしから遠ざけることもできた。惨めな思いをさせ、辱めて、生きる力を奪ってコントロールして来た。
ただ、彼女の見栄が、わたしを勉強に向かわせ、わたしは勉強を通して逃げ出す力を手に入れた。


わたしはもっと自由になる。
お金を稼いで自活する。
欲しいものを手に入れる。
老後の安心を手に入れる。
生きているという実感を死んでも手放さない。
不安の中、失敗を恐れながらも、チャレンジするスリルに、いつも身を任せたい。
失敗しても大丈夫。
体調が悪くなっても回復する。鬱になっても治る。
その繰り返しだ。
そのことをわかっていさえすれば、わたしは新しいことに挑戦できる。
不可能だと思っていたことをやれる。工夫して立ち向かえる。
絶望に涙を流しても、わたしは死なないできた。


そうしたことが、わたしを今まで救い続け、母からも逃れさせて来たから。

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