c71の一日

生活の記録

言葉にならない

今日はケアマネさんとヘルパーさんと事業所の所長さんとでケアマネ会議をした。
新しい所長さんはとても頭が切れて優しい雰囲気の人で素敵だった。
あんなに素敵な、所長さんや、ケアマネさんでも、忘れ物をしたり、うっかりしていたりした。
でも、そのことは、彼女たちの素敵な部分を損なわなかった。


昨日はパニック発作を起こしてないてわめいて暴れた。
彼氏はなぜかそういう場面でもわたしが必要なことをしてくれる。
そういうこと、わからない人の方が多いのに、わかるらしい。謎だ。


そして、でも、パニックになったのは彼も原因なのだった。
一緒にいる時間が長くなるにつれ、わたしのフラストレーションもたまり、自分のペースで出来ないことも増えた。そして、仕事上で、問題が起き、また、服装など常識に関わることで注意されたので、とても疲れていた。


わたしが「できない」「困っている」と言ったから、彼は助言したのだった。
そして、わたしは助言されたことで、パニック発作を起こした。
できない、困っている、ということが、すなわち、助言を求めることとイコールではないのだけど、ないのだけど、という気持ち自体が、わたしの都合で、それを汲んでほしいと思うことは、やっぱり難しい。
でも、何かがどうしようもなく、欠けている人がいて、それが目に見えるものだったら、助言されることは少ないのではないか、と思ってしまう。
実際には困っていることと、助言には大きな隔たりがあって、助言よりも助力を求めている場合が多いのだけど、それを与える義理は、ほとんどの人に、ない。
それは、わかっている。わかっているのだけど、逃げ場がない。困っている、ということをそもそも口に出さなければ良いのか、と思いそうになる。でも、それを言わないのはまた違う問題を生む。

生活の形が変わってから、食生活は向上しているし、生活も規則正しくなった。家事も半分で済むようになったから、楽になった部分が大きいけれど、ものの置き場が思うようにいかなかったりするから、やっぱりしんどい。


そして、昨日は常識に関わる部分を「親の言うことを素直に聞くのが常識を知ることだ」というようなこと(違うかもしれない、動揺していたから)を言われて、言葉がなくなってしまい「いやだ」と言ったのだけど、それを「やめて」の意味でとってもれなかったので、「子どもみたい」という風に思われてもっと言われてしまったのだった。
やめて、と言えば良かったんだろう。でも、どうして、やめてほしいのか、どうして、「いやだ」という言葉でしか、表現できなかったのか、わたしには説明できない。


常識がないのはとても悲しいことだ。そして、常識通りに振る舞うことが、自分を枠に入れるようで、とても苦しくなるのも困ったことだ。自分のしたいようにしたい、そうでなければ、すごく疲れる、という感じで、中間がなく、妥協がない。社会と適応しづらい、というのはこういうことなのかと痛感する。
服装のことだけでもそうなのだ。


服装については、まだ、言葉にできるが、「なぜ、これをしないのか」「これをしたほうがよい」と言われたとき、しないでいる理由が言語化できない。
言葉にならない。
気持ちも、理由も言葉にできない。詰まってしまう。詰まった気持ちは混乱して、わたしの中で荒れ狂う。
まさか、わたしが言葉に詰まって「いやだ」と繰り返しているとは誰も思わないから、ただ、頑固に言いはっているだけだと思う。素直さがないと。だけど、実際には、わたしはどうすれば良いのかわからなくなって「いやだ」という。
自分がなくなってしまう、死んでしまう、消えてしまう、つぶされてしまう、という不安や恐怖があって、言葉にならない。


不安はいつもあって、たとえば、眠るときも、「眠ったら死んでしまうかもしれない」というときや、「眠れなかったら死んでしまうかもしれない」という時がある。躁状態のときは、眠ったら死んでしまうと不安だし、鬱状態のときは、起きたら死んでしまうかもしれないと思っている。死ぬのが怖いのか、というと、そうでもないのだけど、でも、そのときは確かに、その不安でいっぱいになっている。



過去にいろいろなことがありすぎて、誰もわたしのことを、わからないだろう、という気持ち。
それは、優越性でもなんでもなくて、誰にでも、いろんなことがあっただろう、という想像をしていないわけでもなくて、でも……、というあたりの気持ち。
他の人はPTSDにもなっていないし、フラッシュバックもない。トラウマもない。
同じ目にあっても、病気にならない人もいるだろうから、確かに「受け取り方」の問題なんだろうと思うのだけど、「前向きに」「これからのことだけを考えて」と言われると、置き忘れたわたしの傷のことを思う。


今、傷が痛むのに、これからのことを考えることなんてできない。指先に傷が出来ただけでも、人は痛みで何も考えられなくなるのに、痛みながら、痛みのことを忘れて、これからのことだけを考えられるのだろうか。
心という見えないものに関しては、痛みのことを忘れて、と人は言うけれど、でも、わたしにはできない。
そういうと、「じゃあ、何を言えば良いのかわからなくなる」と言われるのだけど。
「何も言わないで」いることはできないのか……。わたしが何も言わないでいるように、でも、そこに傷があるように、何かを言うことだけが、傷を癒すやり方ではないから、傷を癒す行為に近づきたくないのなら、最初から最後まで黙っていてほしい。傷を癒すには時間がかかるし面倒だ。わたしの混乱に付き合ってとは言えない。だから、わたしに最初から最後まで関わらないでほしいと願う。それでも関わりたいのなら、わたしの傷のことに触れないでいてほしい。わたしのそばにいて、その存在自体で、わたしが一人でないことを教えてほしい。わたしに傷があることを欠陥だとか、欠点だとか、考え方の問題だとか教えないでいてほしい。教えないで、ただ、そのまま、わたしが苦しみながら生きていることを、眺めていてほしい。



わたしには常識がない。常識が大事だと決めたのは、わたし以外の人たちだ。服装が人と違っても、実際には、それほど人に迷惑をかけないけれど、でも、やっぱり世の中では、服装は大事とされている。だから、わたしは常識の大事さがわからないけれど、常識に従わないといけないとぼんやり思う。本当には納得していない。常識の大切さや、内容、その影響、わたしはそれがわからない。そして、説明されたくない。知りたくない。教えてほしくない。
それは、わたしにとって、大切なものじゃなく、混乱し、わたしの領域を侵害するものだと思うから、最低限の関わりでいたい。だけど、常識は、わたしをほうっておかない。追いかけてくる。恐ろしいものだ。
どうしてわからないか、何がわからないか、説明できないくらいにわからない。そして、でも、自分のこだわりはある。だから、ものごとがややこしい。


わたしには教えるという能力がある。でも、その能力自体よりも服装の方が大事な場面がある。そういうとき、途方に暮れる。気持ちが落ち込む。


わたしのパニックについて、親は、「パニックを起こさないように」と言う。でも、パニックを起こさないように、言われても、パニックはある。病気にならないように、と言われても、病気になるのと同じようなことだ。誰もガンになりたくないけれど、でも、ガンになってしまうでしょう。
パニックを起こしたくて起こしているわけじゃない。それは勝手に起こる。パニックを起こすなと言われれば言われるほど、負担は増えるから、より、パニックは起きやすい。パニック発作が、いかに他の人を怖がらせるか、説明されてもどうすることもできない。わたしはパニック発作の仕組みやそのときの気持ちを説明できない。説明しようとすると、追体験してしまうからだ。


親は間違ったことを言わない。正しいことを言う。だったら、わたしの代わりにわたしの人生を生きればいい、と投げやりに思ってしまう。
そういうことじゃない、と言われるのだけど、わたしは間違ったままでいたい。
それが、わたしの形だから。
痛む傷との付き合い方や、付き合えなさや、バランスの悪さ、ダメなところ、そういう部分。


より良くなることが本当に大切かと、思う。
わたしが消えてしまうんじゃないかと思う。
わたしにはできない、というと「そんなことはないから頑張って」と言われる。
そうなのかもしれない、だけど、わたしはやっぱりできない。
頑迷だ、と言われるけれど、できないのだった。
できないことを放置してもらうわけにはいかないのだろうか。
より良く、もっと向上し続けなくてはいけないのだろうか。
わたしなりの速度とやり方で、向上しているつもりなのだし、それ以上のスピードは出せないのだけど、それで勘弁してもらえない。その努力は、助言してくれる人の目に見えない。



泣きたいことや、つらいことは、起きてしまう。もともとの傷があると、それを考え方や、なにかで、対応するのが難しくなる。もともとの傷が痛むから、それだけで、精神力が常に使われている状態だから。


だめなところは受け入れて、努力していかないといけない、というけれど、わたしは常にマックスの状態で努力している。でも、そういうことをわかってもらうことは難しい。手帳をもらってから、わたしは等級のわりに自立していると言えることができるようになったけれど、本当は、外部に認められたことじゃなくて、自分の言い分だけで認められたい。手帳だって、最初は反対された。だけど、わたしは親自身を納得させるために手帳をとった。わたしは、本当に出来ないんだよ、と、わたしの言葉だけで信じてもらえなかったから、公のお墨付きをもらったら、目に見える形で納得できるだろうと思った。悲しかった。


親は、わたしに負荷をかけることが、わたしの自立への自覚を深めることだと思っている。
だから、負荷をかける。自覚させようとする。わたしがどれだけできていないか、教えてくれる。
言ってくれる人がありがたいのだ、という。言われたくないことを言ってくれる人に感謝しないといけないという。
まだ果たしていない義務を果たせと言ってくる。わたしは義務を果たさなければならない。
そう。わたしは義務を果たす。わたしの心は遠ざかる。わたしは言葉にできない。遠ざかる理由を言葉にできない。
逃げていると思われていても、いつか、わかってくれると親が信じていても、そうじゃなくても、わたしには言葉にできなくても、確かにある気持ちの動きがある。
わたしは、これ以上負荷がかかったら、もっとパニック発作が起きる。仕事に行けなくなる。それがわかっている。
わたしは悪い。治さないといけないところがたくさんある。でも、それはわたしの能力を超えている。傷が痛む。痛みながら暮らしている。誰もわたしの傷を見ることができない。
だから、わたしの傷を信じることも出来ず、ただ、怠けていると思う。
そして、正しい言葉を投げかける。わたしはそれを受け止められない。正しい言葉は、わたしの器からあふれて流れ出す。パニック発作という形であふれていく。それが甘えだと言われても、しかたがないんだろう。甘えだろうが、なんだろうが、実際にパニック発作は存在していて、コントロールできないことも、なにも、否定できない。
それは、確かにある。わたしの心の持ちようでコントロールできると思われていても、でも、わたしにはコントロールできないし、確かにある。コントロールできるのは、発作をなるべく起こさないように、なるべくストレスから遠ざかっておくことくらいだ。
正しいことを言われたとき、なぜ、受け止められないのか、言葉にならない。だから、わかってほしいと願うことは、難しい。


でも、立派な人や、素敵な人でも、欠けている部分はあって、その人たちが、素敵なことと、欠けている部分があることは矛盾しない。
それで良い。
わたしが障害者であることと、わたしが助言されやすい立場であることは、ほぼイコールで、そして、それゆえ、助言から逃れられることもイコールだけれども、それを越えて、あるがままで、素敵な人でいられる、そういう人もいるのだと、忘れずにいたい。