c71の一日

生活の記録

生きやすさ、生きにくさ

今日読んだブログのエントリ、面白かったです。


SADの私が あり得ないヨ、これって! と思う状況あれこれ | 社会不安障害と向き合う
わたしも人のいないところいないところを選ぶので、とても共感できました。
パーソナルスペースが広いのかな、と思っていたのですが、別に不便はないのです。
それに、「あの人ひとりでかわいそう」と陰口を叩く人は、同じ価値観で、一人でいることを忌避するので、不便そうだな、と思うことが多いです。
一人は楽しいし落ち着きます。
たまに人といると楽しいです。


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わたしが明るい障害者になったのは、小学生高学年の数年、集団に受け入れられた経験があったから、それからつらいことがたくさんあっても、人と関わることが普通、と思えたんだと思います。
とっぴな行動をとったり、人の興味を引くために、変なことをしていたけれど、自由な感じが良いと言ってくれる友だちもいたし、わたしの良いところを教えてくれる友だちもいました。
自己嫌悪していると、弱っているところにつけ込んでくる悪い人が多いなと思います。


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手芸や工作、図工や美術をいろいろ経験してきました。
わたしは今でも母のことを苦手ですが、そうしたことをさせてもらったことは無条件で感謝しています。
わたしの脳がおかしくなって、本が読めなくなったとき、図工や、手芸屋、革細工、図工、美術に逃げられたのは良かったなと思います。
自己表現すると、心が明るく、すっきりします。元気が出ます。
なぜかはわからないのですが。
普通に生きていると自己表現なんて邪魔なだけ、という風に思いますが、でも、弱ったときには、そういう無駄な部分が助けになって、生きることの喜びを思い出させてくれます。
それには、たっぷりとした時間が必要で、自分の頭の中で起きているすべてのことが、大切で、それにたいして、価値判断できないなと思います。



これは、ある意味ショックで、下記のエントリでいろいろ書いていたことがひと言で端的にまとめられていて衝撃を受けました…。がーん。才能がある人はいるんだな。

c71.hatenablog.com
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それと、最近、出産してから、働き口があれば、というか、年齢差別がなければ、みんな人生楽しめるのになと思いました。
ある年齢になって、世界一周してくるとか、そのあと、復職するとか、そういうこともしてみたいなあと思っています。
でもなかなか難しいですね。
少子化対策するなら、子どもを産んだ後、生業を持って、働ける環境を作るとか、お金を国が出すとか、金銭面の援助や、介護と同じで、家事援助を利用できるようにするとか、そういうことが必要になります。
わたしだって、家事援助してもらっているから、食生活や住環境が良くなって、健康面で向上することで、働けるから。それだけで、言いたくないけれど、国やみなさんの負担が減るわけです。
そして、家事援助をする仕事の人にも仕事が回るし、経済が回っていいことばかりです。



男性の福祉関係者の家事能力について、偏見があったのですが、この前のグループセラピーで、昼食を作ってくださったのですが、その手際の素晴らしいこと。プロの家庭料理、という感じで、「ああ、男性も、力仕事だけじゃなくて、家事もうまいんだなあ」と思いました。ヘルパーさんの話だと、家事の研修はないそうなので、自分たちの努力や研究でやっているそうなのです。
だから、わたしは反省しました。


女の人が子どもを産める期間、仕事をするのには批判があるけれど、ひとつの世界にいると、人生が豊かになりにくいと思います。だから、両方の世界を行き来できた方が良いと思います。それは、もちろん男性も。
だから、仕事をしやすい環境を整えて、お金も稼げるようになったら、女の人も子どもを産みやすくなると思います。
男性はたいへんだ、とか、仕事の方が子育てより大変だ、とか、「子育ては大変だと発言する女性はどうかと思う」とか、抑圧をかけあうんじゃなくて、子育てが大変だと思う女性がいたら、どうしたら手助けできるか考えるのが、少子化への対策になると思いますし、それは、みんなが生きやすくなる道だと思います。


今の政府が、結婚さえさせれば、女は子どもを産む、という政策を立てているように思います。
でも、女は生む機械扱いされたとしても、実際にはそうじゃないし、思ったようには生まないでしょう。女は、結婚してもお金がなければ生まない選択をします。国策のために生きている人ってきっと、少ないでしょうから。
だから、そうした方が、よりハッピーになれる、という選択肢をたくさん用意して、しすぎることはないと思うのです。少子化自体が悪いものだとか、よいものだとかは保留しておいて、男性中心社会が女性をあえて貧困の状況に置いておいて、そして、それを養ってやる、という取引に結婚を使うことは、男性自身の首を絞めるし、もちろん女性も選択肢を奪われているので、幸せにはなりにくいです。
前に、セックスワーカーが選択してその仕事に就いたとしても、差別されてはならない、という記事を書きましたが、女性の貧困を恣意的に用意されているのだから、表面上、女性が貧困やセックスワークを選んだように見えても、それを選ばざるを得ない袋小路にあらかじめ入られている結果なんだと思います。だから、その袋小路をなくすことが一番大事だし、他の国がある程度できているのだし、未来は明るいと信じたいです。

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