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c71の一日

生活の記録

労働時間100時間くらいの所感

ぼんやりした人が好きだ。
ぼんやりした人は優しい。嘘つきじゃない。正直だし先回りしない。
気の利く人は攻撃的で怖い。先回りをする。


嘘つきからものを買う人はいない。
だから、正直に誠実に商売する。

わたしは気が利かないし、ぼんやりしているけれど、そのかわり人を圧倒しない。先回りしない。
それは、わたしの長所だ。



お客さんが親切だ。優しくされると、疲れていても、吹っ切れて、がんばれる。感謝されると嬉しい。
これも正直に働いているからだと思いたい。


一ヶ月に150時間から200時間教えることになった。それで、半分終わった。つまり、100時間くらい教えてつかんだこと。100時間と言うと盛り過ぎだけど。それくらい教えて分かったこと。

それは教えるとは何かということ。


教えると言うことは、励ますこと、教科書の読解の仕方を教えること。
この二つに尽きる。それ以外にできることはない。


テスト対策と言っても、教科書からしかでない。教科書以外からは出ない。大事なことをまとめたのが参考書だから、参考書はあると便利。なくても良い。問題集も学校で配られているもので十分。公立高校、公立大学を目指すなら、学校の教科書以外のことは必要ない。英語、現代文については、単語を知らないと出来ないから、その訓練は必要だけど。


本当にシンプルな話。
勉強するには習慣があればよく、習慣を身につければ、お金はかからない。ただ、習慣がない人の方が多いので、商売が成立する。
簡単なことでも知らない人がいたら需要と供給が成り立つ。



わたしには、読解力とかみ砕いて説明する力があるので、もう勉強は必要ない。
教科書さえ生徒が持って来てくれたら、それの読み方、理解の仕方を教えることに特化したら、授業が成り立つ。もちろん、成績も上がる。どこが要点なのかもわかるから。
知らない科目でも教えることができる。
だから、今わたしは、日本史と世界史以外全部教えている。高校生に対しても。
できる。


一人の人間ですべての科目を教えられたら、時間内でいくらでも生徒は質問を用意してくれば良いのだから、とても便利な存在に慣れる。授業中に問題を解く、という練習が必要な生徒には励ますことを主にしていけば良いし、自習が出来る生徒には宿題を出して、わからないところを絞って持って来てもらうことで授業が成り立つ。
わたしにはできる。




疲れたと言う気持ちと得意な気持ちがあって、両方合わさって自慢したい気持ちがあったけれど、それだと、仕事が逃げていく。
そんな傲慢な人を好きにはならない。わたしだって。
だから、そんな存在にならないようにしよう。わたしにできることは教科書を読むことと、説明すること、励ますこと、正直に話すことそれだけなのだとわかって暮らそう。
それが数をこなしてわかったこと。

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