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c71の一日

生活の記録

生きて世界を広げるために切り捨てよう

切り捨てることで世界が狭くなることを恐れていたけれど、快適に生きることが目標なのだから、違和感を感じたらすぐに切り捨てよう。



息苦しかったりおかしかったり、筋が通らなかったりすることは、わたしを押しつぶして息ができなくする。
不安にする。


わたしはパニックや不安に陥りやすい。

わたしは自分が怒るときの気持ちを大事にしている。怒るときの初動の感覚はだいたい正しい。センサーがきちんと働いている。
怒ると、キチガイ、ヒステリーと言ってくる人もいるけれど、キチガイと言う言葉やヒステリーという言葉を使う人はすでに離籍的ではない、理解できないものを拒絶する態度なのだから、考慮しなくて良いのだと気づいた。


社会人や大人としてこうあるべきと言うことを語る人は多く、わたしはいつもそれを感心して聞いていた。わたしは自分が社会人であると断言するほど自分が成熟していると思えなかったから。でも、そもそもその反省や自戒をもたない、鈍くて思考を停止する人に限って、対極を語るのだと気づいた。わたし自身が困っていないのにこうしたら良いとアドバイスをくれる人に対して拒絶したら「あなたは意見をいつも拒否するようね」と言われた。
だから、他の人に相談をしたら、「そんなことないと思うけれど」と言われたので、そう言えば理があると思えば、わたしは意見を聞く、だからあの人はわたしをコントロールして言うことを聞かせることに利があると考えているのだ、だから、そばにいると危険なのだと気がついた。


わたしはその人に「わたしはあなたの部下でもなんでもないのだから、あなたが人生についてどう考えていようが、わたしには一切関係がなく、言われる筋合いもないのですよ」とその場で言った。


そのこともその人に相談したら、大笑いされて、「それを言えたからよかったね」と言われた。そうか、人によって違うんだなと思った。


「人を切り捨てることで世界が狭くなる気がする」と言ったら
「世界が狭くても良い友だちがいるだから別に良いじゃない。人に囲まれていても孤独な虚しい見栄を張る人もいるし、尊敬なんてただの見栄だからね」と教えてくれた。



わたしは以前高校の同窓会に出たとき、フリーターで独身だと言うことをからかわれた。独身の人、手をあげて、と言われたので上げたのだけど、そのあと無視された。仕事の話をしたら、経営しているの?と聞かれた。教えているだけ、と言うと、ふーんと言われた。



大学の同窓会では、心配していたから、本当に良かったね、楽しそうでよかった、勉強好きだし教えるのが前から向いていると思っていたから、ぴったりな仕事見つけたね、昼間自由なんてうらやましい、俺はゼネコンの経理なんてミスがあれば怒られるだけだから、10キロも太ったよ、と言われたから、高校の同窓会でそんなことを言われると思っていなかったから驚いた。


大学の同期はみんな就職で苦労したから、人に対しても優しいのだと思った。


それを言ったら、前述の人は「二十年経ったら、フリーターでぶらぶらしながら独身で食っていけていることの方がうらやましいと言われるよ。立場とか地位とか、そういうものを自慢するやつはそれしかすがるものがなく、それは常に自慢していないと価値がないから、そうするんだ。空虚なんだ」と言った。その人は50歳くらいの人だ。


中途採用だといくらでも仕事を採用している。仕事なんて知らなくてもその場に行けばいつかは覚えるものだから、未経験でもやれば良いと思う。しがみつくことはないと思う。たいへんだったら。やめて。授業と供給だから、例えば営業みたいにばんばん欠員が出て募集がかかっているところに行けば採用されるのにと思う。
わたしだって教えたことはなかったし仕事も教えてもらえなかったけれど、何度か職場に行って、観察して、まねして、自分がしたように勉強をしたら成績も伸びるだろうと思って、仕事の内容を考えて、勉強の目的が果たされたら良いのだ、と思って工夫した。


たとえば、営業だったらものを売ること、という目標が達成されたらそれで良いんだから、それが成り立つように工夫すれば仕事を教わらなくても、ある程度は覚えてできるようになるから、みんな怖がらなくて良いのに、と思った。



いつも欠員が出る仕事は、激務だとは限らなくて、仕事を覚えてもやめる人が多いだけで、それは、ノルマがキツかったり、いろいろ理由があるのだと思うけれど、適性があれば苦労しなくてもこなせる場合があるのだから、やってみて向いてなかったらまたやめれば良いのに、と思う。



そして、わたしはフリーターだし、自営業だし、三つ仕事を掛け持ちしている。独身で子どももいない。だから、同窓会だとか、同い年くらいの人にはバカにする人もいる。でも、その一方で大学の同期みたいな仲間もいて、一年に一度は会える。
その人たちはわたしを馬鹿にはしないし、塾講師を大学生のやるバイトでしょ、だとも言わない。






世界が狭くなっても良いじゃん。と思った。
二番目のおかあさんも「50歳越えたら、良い会社に勤めているかどうかよりも、持病があるかとか、介護しているかとか、そっちの方が重要な話題になるから、若いってことだよ、そんなの気にしなくて良いよ」と言った。



わたしは、自分の仕事がバカにされて悲しかった。でも、わたし自身は仕事が好きだ。感謝されるし子どもからエネルギーをチャージされる感覚もあるから。削れるときもあるけれど。それに、地域の教育の工場にも貢献できるし、子どもの未来や希望を叶える手伝いも出来る、完全に善い仕事だと思う。悪い部分が全くない。



わたしは占いも始めたから、仕事がとても忙しい。だから、そういった世界を広げている暇がない。いやな人と関わって、ダメなことを言われている暇がない。絶望は棚にしまって、おいておこう。占いの仕事の世界を広げたり、コンビニバイトで優しくされて元気になるとか、そういうことで世界を広げたい。いやなことに関わる時間がない。忙しいのはそういう意味で良いことだ。
だから、わたしは生きていくために、世界を広げるために、切り捨てよう。


わたしには考えることがたくさんある。
生きているから毎日思うことがたくさんある。思うことを考えて、考えを文章に変えて、ブログにすることも大事な仕事だ。
仕事はお金をもらうか払うかは関係がなくて、世界と関わるひとつの手段だ。
わたしはブログを書いて、塾で働いて、コンビニでバイトして、占いをして、そして、世界と関わる。

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