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c71の一日

生活の記録

子どもの可能性を子ども自身に気づかせること

自分のところを悪いところばかりだと思っていたころもあるけど、それでもどこか自分には見所があると思っていた。
死にたい、もうだめだ、消えたいとばかり言っていたころも、やっぱり自分には才能があっていつか輝くのだとどこかで信じていた。
普通になりたいとも思っていた。


今だって別に有名人というわけじゃないし、平凡な人間だけど、平凡というスタートに立てた気がする。


コンビニで働いているとたった一分未満の時間で、威張ったり尊大だったりする人がいる。
寂しくて話しかけてくる人もいる。
まともな人って貴重だなと思える。


自分がまともな人間の枠に入っているかはわからないけれど、世界は懐が広いと知れる。
お金を投げて渡す人、財布を投げる人、嫌味を言う人、袋を持っていただけで、せかすなと怒鳴る人。
いろいろいる。いろいろいて、愚痴をこぼしあうシフトの人もいて、嫌なことがあるから、お互い共感できて、ハッピーになるし、いいことと悪いことはコインの裏表だということが、コンビニの仕事はわかりやすく教えてくれる。


塾の仕事は複雑で、一人教えた後、わたしは今日いい先生だっただろうか、良い教え方をしただろうか、全力を尽くしたけれど届いただろうかと自問自答する。そのあと違う生徒に会うとわたしはまるっきりキャラクターを変えて、元気に話をする。一日に何度も新しい時間がやってきて、わたしは何度も新しい人間になる。
そういうことを繰り返していくと、今日は一日まるっきりダメだったということが少なくなり、一回の悪い出来事で死なないといけない、と思い詰めなくてもいいと分かる。
たった、一時間でも、わたしは違う人間になって、今日はあなたのために来たの、あなたに会えてわたしはうれしい、と生徒さんに態度で表す。そうすると、生徒さんも同じようにわたしに会えてうれしいと全身で言う。
わたしのことをカメラで撮って記録して、くすくす笑いながら、くっついてくる生徒さんもいる。塾では勉強をしないけれど家では相当こつこつやっていて、成績も上がってきた。塾でわたしは勉強を教えるというよりも話し相手になっている。勉強を教えたほうが楽なのだけど、難しい子だと思っていた生徒さんが何年もかかってなついてくれるのは、そして、わたしの賛辞を受け取ってくれるのは本当にありがたいことだ。
わたしが「あなたはこつこつ努力しているの知っているよ。苦手な大っ嫌いな科目も点数が上がったね」というと「あざーっす」「照れる」と言っていた。そんなことも、昔は難しかった生徒さんだ。とても嬉しい。


生徒さんが初任給を考えると、学位を取りたいと言ってきた。資格が取れるなら専門でもいいと言っていたのだけど、初任給や生涯収入、それから可能性の幅を考えたり、人脈を考えると大学を出ることのほうがいいと言ってきて、とてもうれしかった。
わたしはそれをそれとなく勧めてきたので。
人生の可能性が前向きに開いてきて、人生を長いスパンで考えるように変わる過程に居合わせるのはかけがえのない喜びだ。
わたし自身はつまらない人間だけど、子どもが変わっていくのを寄り添える仕事につけて本当に幸せだ。子供はいいところがたくさんある。だけど、子どもは自分自身の可能性に気づいていない。自分はダメだと人と比べている。
でも、そうじゃない、あなたには時間がたくさんあって、努力することもできる、だから可能性に満ちていて、道をいくらでも開けるのだという、その可能性に気づくように手伝うことがわたしの天職だと思う。