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c71の一日

生活の記録

附箋を貼ってもらう

わたし自身は附箋を全く使わない。
でも、生徒さんには附箋をたくさん使ってもらう。

わたしは最近高校生でもどの教科も教えるようになった。物理も化学も生物も数学も現代文も古文も英語も教える。
予習はしないので、教えてほしい教科の教科書を持ってきてもらう。
すべてのことは教科書に書いてあるので、教科書に書いてあることを解説する。言い換えたり、比喩を使ったり、机上で実験をすることもある。


問題を解いてきてもらう。だいたい解いてこないのは、難しい問題にあたったとき途方に暮れてしまうからなので、「あ、無理と思った瞬間に付箋を貼ってきて、そして簡単な問題だけやってきて難しい問題を絞ってきて」と言っておく。
そうすると、気軽に勉強することができるし難しい問題にあたったときの孤独や恐怖と向き合わなくていいので、結構みんな勉強してくる。みんな本当は勉強が好きなんだと信じている。だって、塾にくるわけだから。


そして、わからない問題をわたしが解いて、解説する。その時になるまでどの教科が来るのかどんな問題が来るのかわからないので、予習をしても仕方がないのだ。
うまい具合に、教科書を説明してほしい生徒とか、学校で配られている短くポイントがまとまったプリントを持ってくる生徒が混在しているので、仕事中に復習ができる。

問題をすらすらとくと生徒が安心してくれる。それで、簡単でしょ、というと「簡単だ!」と言って喜ぶ。
怖くないしパズルみたいなもんで面白いんだよというと、確かにと言ってくれる。
勉強の面白さ深さは、だんだん知るとして、入り口ではゲームとしての面白さがわかってくれたらそれでいい。
興味を持つ分野がだんだんはっきりしてくると、その関係の本を読んで、良かったら貸したりもする。それで、進路が決まることもあるから、とても仕事はやりがいがある。生徒のためなら、本も読むし、関連のことも調べる。そういうことの繰り返しが楽しい。いろいろなことがわかる。


その場で解くことは、リラックスしていたら意外と簡単だ。生徒も、せかしたりはしない。自分で解けない問題だから、難しいだろうと思っていて待ってくれている。その間に自習してもらうこともあるし、考えながら説明することもある。さもわかっているかのように、説明しながら、その場で解法を考えているときはスリルがある。それに自分が賢いのではないかという錯覚に陥るのでそれもまた良い。

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