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c71の一日

生活の記録

忘れて

わたしは好きだったおばあちゃんの葬式に呼んでもらえなかった。断られた。
わたし、葬式に呼ばれないほどの悪いことしたかなと思った。
したかもしれないけど、生きている間中、お父さんがいないことを「いる」って嘘をつくように強要されてたんだけど、その我慢て何も意味なかったんだろうな。


家の中のことは、全部秘密になっていて、表向きにはいい家庭だった。


わたしは「頭がおかしい」って言われて育った。大人になったら「忘れられる」と周りから言われたけど、ちっともそのことが助けにならない。
だから、「忘れたらいい」って人とは距離を持っている。



信頼して仲の良かった人に「生きにくそう」「行き詰ってる」「こうしたらもっといい」みたいなアドバイスをされそうになって、拒否した。
どんなにいい人でも、説教をされると、「わたしは今生きているので精一杯なのだ」と思う。
平凡で普通で、何事にもやる気がなさそうに、どうでもよさそうに見えるんだと思う。他人に対して我慢が足りてない。もっと我慢したらよいのにって。


わたしは子供の時に一生分の我慢をしてた。逃げられないんだもの。今は我慢をしないで済む。それは、お金があるからだ。嫌になったらどんな人でもわたしの世界からいなくなる。「忘れて」いられる。アドバイスって、わたしの世界に、わたしの大変さを無視して入ってくることって感じる。


わたしの大変さなんて、ありふれている。たとえば、継母から無視されることとか(継母にも言い分はあるだろうけど)、母方の親戚にも無視されることとか、身内で味方は一人もいない。積極的に害してこない人を味方に数えればいるけど。
おばあちゃんに「自分の子供は一人も離婚していない」っていう演技のために使われたコマだったな、と思う。だからおばあちゃんが死んだら、身内には、わたしの存在理由はないんだ。



「友達もいるし仕事もあるから」ってわたしは仲良い人に言った。それは、自慢でも何でもないけど「でも生きにくくて生きづらいでしょ」と言われて、家に帰って泣いた。わたしには仕事と友達しかいない。「食べ過ぎるっていうのは無理しているからなんだよ」と言われたけれど、わたしの過食は依存の中でも一番安全だからしている。自傷にもいろいろあるけれど、過食っていうのは一番死なないから、過食している。肝臓にも腎臓にも何にもよくないけど。「体力ないのも事実なんだろうけど(見えてないことがあるんじゃない?)」と言われて、わたしは気持ちが終わってしまった。



魔法の言葉があったらいいのに。魔法の言葉でわたしが「健全」になるなら、どれだけ厳しい言葉でも引き受ける。でも、そんなものはないんだ。よく知っている。魔法がないから、医療に頼っているのだから。



わたしが不器用でバカに見えるのは知っている。実際にバカだ。周りから見たらこんな簡単なこともできないのか、わからないのか、考えられないのかと思われていることも知ってる。でも、「平気」そうにしている。「頭いい」って自分が言えば、「バカ」に見えるのも知ってる。
でも、「頭いいですよ」と言わないともっとバカにされるのも知ってる。



人と人との関係は力のやり取りだから。弱かったら殺されるし忘れられる。強かったら生きていられる。
わたしは親を「捨てた」っていう。でも、実際には「捨てられてる」のも知ってる。
事故に遭ったとき、親に連絡をしてあげると警察に言われて断った。見捨てられるの知ってたから。でも、連絡がいった。母親には「勝手にして関係ない」って電話が切られて、そのあと、連絡を取らなかったら、「c71が誘拐された」って騒いで、わたしの連絡先に警察から連絡が来た。誘拐されてないですって言った。わたしはそのころにはお母さんの連絡先を着拒してたから。


その後、仕事を辞めて、行き場がなくなったら、お父さんが入院費を払ってくれた。でも、お父さんの家にはいさせてもらえなかった。退院してすぐ出ていってと言われたので、出ていった。親戚には、わたしのことは誰も話題にしてないと思う。
「あなたのために、出ていったほうがいいと思うのよ」って継母は言った。
わたしのためか、と思って出ていった。今はわたしのことを考えると動悸がするから会いたくないと言っていた。ブログに書くからだって知っているけど。読まないでって頼んだんだけどまあ知ってしまったのは仕方がないお互いに。というか、引き受けたくなかったんだろうなと思うんだけど、世間体があるから引き取ったんだろうなと思う。世間体のほうが上回っているときに、気が向いてくれて助かった。
退院した直後は金がなかったから。



大人になったら忘れられるとたくさんの人が言って私を励ましたけれど、「忘れて」いくのは、わたしじゃなくて。「忘れて」「忘れたほうがいい」「忘れられる」とわたしに言った人たちの願望だ。そして、その人たちの人生にわたしはいない。


忘れられるものか。忘れられない。忘れたい。でも、徐々に忘れている。わたしの人生に、今わたししかいないからだ。
会わなければ忘れやすい。会えば思い出す。会わないためにわたしは働いている。


お父さんはわたしのことを覚えているだろう。でも、お父さんのほうが先に死ぬ。わたしと血のつながった人で唯一わたしのことを覚えている人。



入院しても事故に遭っても殺されかかっても、秘密だった。わたしが入院しても事故に遭っても殺されかかっても、誰もお見舞いに来なかった。


それどころか、いつも叱られた。「関係ないから」「非情な子だね、非情って意味わかる?」と入院中に言われることはあっても。熱が出て次の日手術でも。いつもひどいことは言われた。弱っていた時のほうが言われた。親戚は仲がよさそうだったけれど、わたしに会いに来る人はいない。わたしは親戚の中でも家族の中でも用済み。こういうこと書くからかもしれないけど誰にも黙っていた時から同じだから、書いたって書かなくたって同じだろう。



だから、わたしには友達しかいない。わたしは行き詰ってる。そうだろう。知ってる。
どうかわたしのことは忘れて。

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