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c71の一日

生活の記録

菅野完氏 noiehoie氏 に性暴力疑惑についてインタビューをした

ゴヒエツコ氏(以降G氏)および、週刊金曜日は、今もだんまりを決め込んでいる。
特に、週刊金曜日は、わたしたちに、記事の写真を与えたのにかかわらず、わたしが記事を書くことで、著作権の問題に突き当たることを承知で記事を書かせた。それなのに、連絡が取れない状態でいる。


行き詰ったので、わたしは、菅野氏に電話することにした。
菅野氏は、あれだけの炎上が起きたのにも関わらず、何も言わずにいた。その点が尊敬できると思った。


ネットリンチを計画し、人を使い捨てたG氏に比べて、何を言われても、係争中だからと沈黙を続ける菅野氏では、もしかしたら、菅野氏のほうが、信頼ができるかもしれないと思った。信頼というほど大げさなことでもない。もしかしたら、電話に出てくれるかもしれないと希望を抱いた。


わたしは、今のわけのわからない状況から、抜け出したかった。そこで、関係者である菅野氏に電話をした。
菅野氏とわたしは、政治信条が違う。違うが、対話したかった。

わたしは、菅野氏へのネットリンチに加担しただけでなく、率先して、攻撃した。

その責任と反省は常にある。


そのことを謝りたい気持ちもあった。



菅野氏は電話をかけなおしてくれた。
そして、わたしの事情を聴くと、わたしをねぎらってくれた。これから話す話は、どういう風に処理してもらっても構わない、と言って、たくさんの話をしてくれた。具合が悪いと言って、様々なうそをつき、人の名前を利用した挙句、電話に出ないG氏や、いつかけても担当者が席をはずしているという週刊金曜日の対応に、慣れてしまっていたわたしは、それだけでも人間扱いされたことに感動した。


わたしは、ネットリンチに参加してしまったことを謝罪し、その後、菅野氏側からの話を聞いた。
それが、以下に記すことである。



係争中なので、何が起きたかは話せない。
二次被害を防ぎ、G氏を傷つけないために、謝るために事実関係については、争わない。


その方針でいるそうだ。


菅野氏は、最初、朝日新聞と、毎日新聞に広告を載せる運動を一人でしていた。
その後、反原発連に入って、運動をする。
そのときに、G氏が被害を運動に訴えた。


菅野氏が強調していたことは、運動体は、「性被害のもみ消し」をしていなかった、ということだ。
G氏が運営に申し立てたのち、その情報は、共有された。
中島氏や、山口氏、G氏が言うこととは違って、もみ消しはなく、問題は共有されたそうだ。
そして、菅野氏は、自分から、運動をやめた。そして、反原発連から自分から去ったということだ。
彼が何度も言っていたのは、実際に彼女が傷ついたことが、重要だということだった。


菅野氏は、その後、反レイシズム運動に参加した。反原発連の人々と、重なる人々が多かったため、その時点でも、情報共有はあったそうだ。反レイシズム運動にも、菅野氏を訴えた人がいると、菅野氏は様々な場所で聞いたそうだ。


わたしの考えでは、それはG氏ではないのか、と思う。今も、菅野氏にしていること、グループチャットで、菅野氏に「(社会的にとどめを)刺す!」と言っていたこと、ネットリンチを計画したことを考えると、菅野氏の居場所をなくそうとしていた可能性はある。


ただ、もし異なる運動体に対して、訴えたとしたら、被害のあった組織だけではなく、違う組織に訴えるのがおかしいことだ。反原発連で起きた問題を、反レイシズム運動の運営に訴えることはおかしいのではないか。


わたしは、菅野氏の行く先々で、G氏が訴えていくのはおかしいのではないか、と思う。


この件は、運動体での紋切り型の批判に使われたということだ。


わたし自身もそうだが、わたしがG氏を追及する記事を書いた時にも、紋切り型の批判があった。
アウティング、セカンドレイパー、著作権違反など。
最初から受けなければよかったのではないか、被害者がせっかく上げた声を無価値にするのか、というような。


2012年に事件が起きた。2015年に民事訴訟が起きた。その間の三年間に、二回、菅野氏は謝罪文を書いている。

G氏が傷ついたのは確かだから、そこについて争うと、二次加害になるため、事件について認める方針でいるから、謝罪文を書いたそうだ。

しかし、そのときは、「名前がある」という理由で受け取らなかったそうだ。名前というのは、菅野氏の名前と、G氏の名前がある、ということだ。


その後二年間連絡がなかった、ということだ。
2014年に、菅野氏は入院退院を繰り返していた。そのときに、菅野氏は謝罪文を書いた。
G氏の両親の友人一人と、G氏本人の友人二人で、貸し会議室で会ったそうだ。その隣の部屋には、G氏がいた。


菅野氏は、三人の前で謝罪文を書いた。隣の部屋にいたG氏は、それに目を通したうえで、菅野氏はハンコを押したそうだ。それが、2014年の夏の出来事だという。ハンコを押したということは、本人が謝罪内容に納得したのだと、菅野氏は思い、これで終わったと思ったと言っていた。


しかし、2014年年末から15年の間、つまり冬に、G氏の両親と兄から、連名の手紙が菅野氏に届く。


許さないという内容だった。菅野氏の言論活動を停止し、ツイッターをやめることを求めてきた。
そして、G氏を特定しない形で、謝罪の手紙を書くことを要求してきた。


菅野氏は、謝るのは、G氏に対してだからという理由と、ネットに公開するつもりがあるのだと感じ、それを拒否した。つまり、G氏の名前が載っている謝罪文だと、不都合があるから、特定しない謝罪文を求めてきたのではないか、ということだ。


2015年春三月に、G氏の弁護士から手紙が来た。
損害賠償、つまり、お金の請求と、言論停止、公開謝罪文を要求してきたとのことだ。



私見になるが、性暴力被害者にとって、暴力をふるった加害者が、表舞台に立っていることは苦痛がある。
でも、それをやめさせることは、筋が違うから、できないのではないか、と思う。



ここでも、菅野氏は事実関係を争わなかった。G氏に対して、謝りたかったからだとのことだった。


菅野氏の条件は、言論停止、公開謝罪文については拒否するが、その代わり、お金は満額払うということだった。


弁護士同士の話は、キャッチボールのように、どんどん進んでいくものだが、G氏の弁護士の対応が少しずつ遅延していったそうだ。そして、2015年夏にG氏の弁護士が辞任した。




後任の弁護士が、全く同じ内容の、損害賠償、公開謝罪、言論停止を求めてきた。

民事事件の時効がぎりぎりになってきたため、今度は話し合いではなく、裁判になった。


もちろん、訴えたのはG氏である。


そういう事情のため、菅野氏は、係争に関して、沈黙を続けているのだそうだ。


その話を聞いて、わたしが率直に思ったことは、菅野氏のほうが筋が通っているということだ。
まず、G氏と違って、電話に出てくれ、対話に応じてくれた。
係争にかかわる話は申し訳ないができない、と言いつつも、できる限りの事情を話してくれた。
筋が通っていたので、うそを感じなかった。


菅野氏が語ったことが、本当かどうか、わたしには確かめるすべはない。
しかし、G氏や支援者は、わたしを罵倒し、連絡を絶つ、という形で、わたしやわたしの仲間を使い捨てにした。


余談だが、わたしがG氏から受けた暴言や、書いている間のつらい状況について、菅野氏は同情し、体を治してくださいと言ってくれた。自己評価が低いから、マイノリティに憑依できるんですね、という発言があったことを話したら、そのひどさも理解してもらえた。どこがひどい発言なのか、わからない人も多かったのに。

それはたいへんでしたねとも言ってくれた。G氏がそんなことを言ってくれたことも、わたしの事情をおもんばかってくれたこともなかった。


わたしは、係争中にもかかわらず、ネットリンチをたくらんだG氏よりも、沈黙を続け、二次加害を避けようとする菅野氏に好感を持った。
裁判中に、私刑をすることは、裁判を否定することだ。
それだけでも、G氏は筋が通っていない。
一方、係争中の間、それについて、何も語らない菅野氏には筋が通っている。

ネットリンチに加担したことを謝ったところ、謝ることはないです、お気持ちだけでもうれしいと言ってもらった。
わたしはいくら恨まれても仕方がないことをしたと思っていたから、意外に感じ、ありがたいと思った。
こうして、対話に応じてくれたことにも感謝している。


わたしは、どうすればいいのか、わからなかった。わたしにすべての責任を負わせ、わたしのつらさや苦しさを理解しないまま、だんまりを決め込んで、わたしがあきらめるのを待つG氏たちのことをずっと考えていた。
そこには、出口がなかった。


菅野氏が対話に応じてくれていただいたことで、少し、何か気持ちが落ち着いた。


わたしには、事実関係はわからない。もちろん、菅野氏がうそを言っている可能性はある。でも、話を聞かせてもらって、本当にありがたいと思った。わたしには何もわからなかったから。G氏のいうことは、うそが多く、どれを信じて、どれを疑えばいいのか、わからない状態だったから、週刊金曜日も含めて、対話に応じてもらえないことがつらかった。


政治信条が違うものの、菅野氏に、人間として扱ってもらったことに、救われた部分がある。


書いたものを、事前にチェックしてください、と言ったら、あなたも文筆でたつきを立てているのだから、好きに書いてくださいと言ってくれた。わたしはアマチュアなんですよ、と訂正した。
G氏には、何度も書き直しをさせられたのですよ、と言ったら、好きに書けなかったのは、つらかったでしょうと言われた。


菅野氏がおっしゃっていることが事実だとすると、謝罪文を読んでから、ハンコを押した時点で、話は終わっているのではないかと思った。
また、裁判を起こしている最中に、ネットリンチを計画する、というのはやはりおかしいのではないかと。

わたしは、この一連の中で、初めて、わたしを人間扱いしてくれる人に出会った。わたしは人間扱いされたかったのだ。
もしかしたら、これが落としどころ、着地点になるのかもしれない。



快く、電話に出て、話を聞かせてくださった、菅野氏に感謝したい。



続き
菅野氏と話したり、、いろいろな人と会ったりしてわかってきたことについて書きました。
c71.hatenablog.com