c71の一日

生活の記録

アセクシャル、デミセクシャルの家族問題

最近、アセクシャルの人や、デミセクシャルの人に思いをはせている。
はせているだけで解決はできない問題なんだけど。


ゲイも、ビアンもロマンティックラブイデオロギーから外れているわけじゃないから、家族を作りたいと思ったとき、「ラブ」「ロマンティック」をベースに家族を作ることができやすい。
でも、アセクシャル、デミセクシャルの場合は、それができないから、新しい家族を作ることにアクセスしにくい。


わたしも六帖に出会う前は一人で生きていたし、出会わなかったら出会わないなりに一人で生きていったと思う。
でも、家族になったから、いろいろと便利だ。
まず、話を聞いてもらえる。具合が悪い時やお金がない時に助け合える。本当の意味の自助ができる家族だ。
六帖に足りない部分はわたしが補えるし、わたしに足りない部分は六帖が補える。
家族はありがたいと初めて思った。今までの家族的な人たちは、わたしを迫害していたので。


デミセクシャル、アセクシャルの人は、家族関係が悪かったり、具合が悪いけど障碍者年金をもらえないくらいの具合悪さだったら、すごく困ってると思う。そして、わたしが知っているアセクシャル、デミセクシャルの人は実際に具合が悪い中、体に鞭を打って働いている人が多い。



アセクシャル、デミセクシャルの人が家族、自助集団を作るには、今のところシェアハウスや、グループホームくらいしか思いつかない。でも、そういうことじゃないのだと思う。


わたしも子供のころ好きな人がいなかったから、好きな人を聞かれたら困ったし、今でも結婚だとか、小作りの話題を出されるとすごく困る。ダメージになる。
アセクシャル、デミセクシャルの人はもっとダメージになると思う。
そういうダメージの積み重ねが、具合の悪さにつながっているんじゃないかと思う。


具合の悪さや体の感覚を、切り離して生き延びている人もいる。
わたしも、ひどい目に遭った後は、何年もそうだった。そういうことをすると、寿命が縮んでいく感じがする。
でも、そうでもしないと、今死んでしまうから仕方がなかった。


そういう状態で、過ごしている人のことを考えている。
助けを求められない。ほかの人と連帯もできない。


ロマンティックラブイデオロギーにのっていれば、好きな人が同性なのね、という風に納得されやすい世の中になった。
特にゲイは、経済的にも強い場合が多い様だ。
ビアンは、「男を知らないから」と言われたりレイプされたりする危険がある。
同性を好きな場合は、カミングアウトするかしないか迷える。
ドラマにもなりやすいから、共感されやすい。今の時点では。昔は違ったけど。

子供たちと話すと、ゲイやビアンと話してみたいと思っていたり、肯定的なイメージを持っている。
間違ったイメージも持っているけれど、修正可能な範囲だ。
ロマンティックラブイデオロギーの中だと、共感されやすい。

でも、アセクシャルやデミセクシャルの人は、ロマンティックラブイデオロギーにもちろん乗れない。
ドラマもないから、人に伝わりにくい。誰かと誰かがつきあって、気持ちが動いて、というドラマや映画ができにくい。
そういう意味で不利だ。


アセクシャル、デミセクシャルの人の孤独が減って、体調の悪さや、精神状態が安定するようになればいいな、と思うのだけど、わたしにできることは特にない。
特にないけれど、思いをはせている。

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