c71の一日

生活の記録

手ぇつなぐのか、つながないのか案件

いくらなんでも手くらいつないでもいいと思っていた。

なぜならば、会って9回目だ。一ヶ月半だ。しかも、毎週会ってる。
週三回会った日もある。週末は六回過ごしている。家に来たこともある。

十二時に約束していたのに、やっぱり十時にしようと言われて確信した。
このひとは絶対にわたしに会うのを楽しみにしているし、少しでも早く会いたいと思っているに違いない。可愛い。


送れると連絡があったので、十時十分に待ち合わせ場所に行ったらいなかった。なので、少し離れたところに探しに行ったら、五分後に来た。いなかったから、コンビニでジュース買っていたそうだ。野菜ジュース二本。
飲む?って聞かれたから、いらなーい、と答えた。
「ごめんね、いなかったから、コンビニの中入って待ってた」とのこと。
車を少し離れたところに止めて、そこから走って来たらしい。二日前に熱が三十九度あったひとが!

「走らなくても良かったのに」「でも、待ち合わせに遅れちゃうと行けないから」と言っていた。
待ち合わせをぶった切るひととばかり付き合っていたので感動した。走って会いに来るひとなんて、今まで一度も付き合ったことないよ。今、付き合ってはないけど。


「文化祭行こうよ」と言って誘った。
「美術館行く前に行こうよ」というと、「どうして」と聞かれたので、
「生徒さんがいるのと、わたしの母校だから」わたしは今まで自分の母校の話をするのを避けていた。わたしの母校は近隣で、一番偏差値が高い高校なので、ひとによっては「すごいですねえ」と言って、引いてしまうのだ。わたしも今更「すごいですねえ」と言われたらいい気持ちはしない。嫌な気分になる。
「そうなんだ」と軽トラさんはさらっと言った。だから、良かった。


歩いて十五分くらいして、高校に着いた。わたしは自分の高校の文化祭が人気なのが誇りだった。近所のひとがこぞって来るのだ。ステージはわたしの頃よりもしょぼくなっていたが、それでも設置がちゃんとしてあった。ダンス部の人たちが踊っていた。

「へえ。かき氷安いね、食べる?」と言うので、「ううん、どっちでもいい」「おれもどっちでもいい」じゃあ、中見てこよう、と言って、中を歩いた。
「図書委員だったんだよ。懐かしい。よくここでたむろしてた」そんな話をしながら歩いた。
「高校生って、子どもなんだねえ!」
「そうだよ!うちら、おばさんとおじさんだよ!」
「こんな子どもだと思わなかった。もっと大人っぽいかと思ってた」
「子どもなんだよう」
「顔が幼いね。中学生みたい」


かき氷をごちそうしてくれるというので、レモンにした。軽トラさんはカルピスを食べた。
「ちょっと楽になった。涼しい」と言ったので、暑くてつらいんだなあと思った。咳も悪い咳をしている。


「走るから、汗かいて、冷えちゃったんじゃない?」
「でも、遅れたら、まずいじゃん」
「まずくないよ。わたしだよ?」
「だって、時間だもん」と言うので、本当に良いひとだなと思った。時間を守ってもらったことなんてないよ!


それから美術館に歩いていった。ちょっと歩いた。手をつなぎやすいようにバッグを持ち替えたり、近くを歩いたりしたけれど、手はつながなかった。なんとなく、このひとは手をつなぎたがっている、というような予感があったのだけれど、違っていたようだ。

美術館では日本画を見た。わたしがおごった。
「出してもらってすみませんねえ」と言われた。
日本画はおもしろかった。
「この妖怪の絵、家にあったらうきうきする」とわたしが言うと、
「そうかなあ、気持ち悪くない?この絵さあーすごいのかもしれないけど適当っぽい。落書きっぽい」
「でも、線見るとよれてなくてさっと書いてあるからやっぱうまいんだよ。余白の使い方うまいし」
「なんか鑑定士みたいなコメント」
と話しながら見た。

美術館を出た後、屋台と遭遇した。屋台は、お店の屋台じゃなくて、着物を着て、おしろいを塗った女性が座って長唄を歌う屋台だ。そろいの浴衣を着たひとや紋付袴を着たひとがたくさん歩いている。
「これ、見たかったやつ?」
「そうそう、できれば見たかったやつ」
「見られて良かったね」
「すごいね」
「女のひときれい、すごく」
「化粧でしょ」と軽トラさんが言った。
「屋台、すごいね。写真撮ろう」と軽トラさんがスマホで写真を撮った。軽トラさんは
「これ、組み立てるんだよ」と嬉しそうだった。


歩きながら、「Tシャツ買いに行ってもいい?」と軽トラさんが、Tシャツをばたばたさせながら聞いてきた。
「寒い?」
「汗かいて、着替えたい…」
「うんと、ここから近いのはあの店かな」
「すみませんねえ」と言いながら、お店まで行って、Tシャツを買った。
「年齢層が高い」
これはひどい
「ポケットがなければあるいは」
「高い」
などと言いながらいろいろと見たけれど、下着売り場に普通の無地の黒いTしゃつが七百円くらいで二枚入りで売っていたので良かった。
「トイレで着替えてくるね」と言っていたので、待った。
まだ、十二時だった。
「ごはん、何食べたい?」
c71ちゃんの食べたい方」
「わたし、ほんとになんでもいいよ。洋風と和風どっちがいいの?」
「ほんとにおれが決めていいの?」
「もちろんいいさあー」
「じゃあねえ。和風がいい」
ということで、近くのおそば屋さんに行った。
「ここはおれがごちそうしますよ」
「いいんですか」
「いやですか」
「いや嬉しいです」
「おごらせてください」
「ありがとうございます」
などと言った。おそばはおいしかった。

食べる前に、軽トラさんが下を向いてふにゃふにゃ笑うので、
「どうしたのさ」と聞くと、
「だって…、c71ちゃんがじっとこっちを見るから」
「だって、他に見るものないからね」
「いつも何見てるの」
「テーブルの、ここ」といって、テーブルの真ん中を指した。
「ここらへんみてる」「目が悪いから?」「そう。今眼鏡してるからよく見えると思って。どんな顔してるのか覚えようと思って」「覚えた?」「わかんない」

食べた後、ふらふら歩き出して「どこに歩いているの?」と聞かれた。
「わかんないけど、車置いてあるとこ?」
「これからどうする?ふらふら歩く?歩くのも良くない?」
「歩きたくない。んー、うち来て、だらだら漫画読んでもいいし、映画観に行ってもいいし、ラウンドワン行ってもいいよ」
ラウンドワンはいやでしょ。歩くのはいやなの?前歩くの好きって言ってたじゃん」
ラウンドワン、この前楽しかったからいいよ。歩くのは三時間歩いたからもういい」
「映画見たいのある?」
「オールニードキルイズユー見たい」
「じゃあ、それ見ましょうか。これ、割り勘でもいいですか」
「そうしましょう」飲み物とかは買ってくれた。
「最近の映画って、3Dが多いの?」と聞かれたので、「そうみたいだね」と答えた。
「あんまり、映画観に来れないから、慣れない」と言っていた。
映画館で、手を握ってくるかな、と思ったけど、それもなかった。がっかりした。

でも、なんだか、わたしから、手をつなぐのはいやだった。負けたくなかった。勝ち負けないけど。


そのあと、「映画面白かった」と、軽トラさんが喜んでいたので嬉しかった。それから、オールニードキルイズユーでわからなかったところがあったらしいので、解説した。
「アクションアクションしていてよかった」
「そだねえ」
「おもしろかったねえ」
「おもしろかった。それにしても、映画も見終わってしまった。もう、わたしにはなんのネタもない。どうしようもない。終わり!!!わたしがんばった!!!」というと、
軽トラさんが、下を向いて、ふふふ、と笑っていた。


駐車場まで歩いていって、「ドライブしようか」という話になった。遠いところに意気地感もないしねえ。動物園は遠いしねえ。もう歩きたくないよ。そもそも、閉園時間になるし、とか言いながら、少し大きい公園に行くことにした。

「この公園来たことある?」あるけど、十年以上前に来たから覚えてない、と言った。
人気がなくて、施設もしまっていて、だだっ広い感じがした。
「日が長いねえ」
「もう六時だしね」
犬の三歩をしているひとや子ども連れが時々通っていた。
ベンチに座ろうと軽トラさんが誘うので、ドキドキしながら座った。隣に座ったことは、車を除いてはこれが初めてだ。最初は少し離れて座ったけど、少しずつ近づいて来た。
さりげなく、手を置いてみたけれど、手をつなげなくて、がっかりしたような安心したような気がした。


「ゾンビが恐い」と言う話をすると、「ゾンビが恐いの?」と軽トラさんが、また下を向いて、くくく、と笑った。
「ゾンビ、何が怖いの?」
「死んでるから殺しても死なない」
「それで」
「あと、追っかけてくるし、食われる」
「そうだねえ」
「だから、先に早めにゾンビ化したい」
「早めにゾンビに鳴ったら怖い思いしないから?」
「そうそう。あと、深海魚怖い」
「怖いけどさあ」
「深海魚、泳いでたら、隣にいたらどうする?大王いかとか。こーわーいー」
「いないし」
「いるかもしれないじゃん。海はつながってるんだよ。あと人魚とかいるかもしれない」
「いないし」
「いるかもしれない」
マナティだから」
マナティ髪生えてないもん。大王いかは伝説だったけどいたじゃん。絵にも描いてあったじゃん。いないって言われてたけどいたじゃん」
「見たことないものは信じません。大王いかはいるけど、人魚いないでしょう」
「いるもん。いるかもしれないもん」
と話しながら、わたしは、今ちゅーしたら楽しいだろうなあと思っていた。

いい時間になったので車に戻った。車の中で質問をした。
「軽トラさんさあ、自信ついた?」わたしは、正直なところ、自信の意味がよくわからなかった。
「自信」と言って軽トラさんは赤くなった。
「今のままじゃだめですか。前より、前向きに、前向きに考えています。c71ちゃんのことは特別な女性だと思ってるし、だめですか」
「今のままでいいよ、たのしいけど、でも、手とかつなぎたくなんないのかな、と思って」
「思うよ」
「どういうとき?」
「歩いてるとき。手、つなぎたいと思います。オーラ出てなかったですか」
「出てなかったですね」
「出てなかったかもしれないです…。恥ずかしがりやなんです」
「今、恥ずかしくなかったですか。アラサーで自分で恥ずかしがりやって言うのは」
「中学生だと思ってください」
「中学生には見えないですね」
「そうですね、すみません…」
という会話をした。
「わたしだって、自分から言うのは平気なわけでなく、恥ずかしいわけですよ」
「ハイ」
「まあそんなことで」
「夕ごはん、何にします?」
「なんでもいいよ。お好み焼きとかどう?」
「いいねえ。それもいいけど、今思いついたけどオムライスとかどう」
「いいよ」
「じゃあひとに聞いたところなんだけど、そこにしよう」
と言って、オムライス屋さんに行きました。少しずつ分けっこして食べました。おいしかったです。

「蛍のところまで、近いから見に行こうか」と言う話になって、蛍を見に行きました。
「時期どうかな。時間はちょうどいい?」
「時期も時間も遅いかもしれないけど、見に行こう」
わたしは、車の中で、軽トラさんの髪を触りました。
「ゴミ着いてた?」
「着いてないよ?」
「?」
「触りたかったんです」
と言った。軽トラさんは無言だった。


蛍を見に行ったら、たくさんいて、木の中や草の中で点滅していた。曇り空で、月明かりが明るかったので、「それがなければもっとよく見られたかも」と、軽トラさんが言った。

わたしは、軽トラさんの手を捕まえて握った。軽トラさんはびっくりしたようだったけど、手を握り返して、ぶんぶん振った。そして、しばらく無言で歩いた。蛍が綺麗だった。軽トラさんは蛍を捕まえて見せてくれた。緑色のような、黄色のような、柔らかい冷たい色をした光が点滅していた。クリスマスツリーのように、木に蛍の光が映っていた。わたしは抱きついてキスしたいみたいな気持ちになっていたけれど、やめた。手をつないでいるのがひどく嬉しかった。手をつないでいることについて話はしなかった。

蛍が綺麗だということをずっと話していた。
まだ見られて良かったね、とお互いに言い合った。

それから、駐車していた軽トラに戻って、家まで送ってもらった。
「軽トラで遠出するの疲れる?」と聞かれるので、「正直疲れる」「でもね、ホンダの軽トラは一番、クッションよくて、ちょっと作りがいいんだ」「ふうん」「ちょっと見栄はりました」「見栄だったの?」「ちょっと」「ちょっとすぎてわかんなかった。そうなんだーって思った」「次の日曜日空いてますか」「ちょっと待って…空いてる」「バイトもない?」「うん」「一日空いてたら…。もしよかったら遠出したいんだけど」「いいよ。大丈夫」「そっか」と言っている間に家の近くに着いた。
「じゃあ、次の日曜日に」と、軽トラさんが言った。
わたしは、無言で、軽トラさんの左手を右手でつかんだ。手首をぎゅっと握って手首を返して、指と指の間に、指を差し入れて、組んだ。
軽トラさんは何も言わなかった。わたしも何も言わなかった。そして、軽トラさんの顔を見た。軽トラさんは、わたしの顔をじっと見て、困ったような悲しいような、真剣なような顔をしていた。
手を引っ込めようとしたら、軽トラさんは、自分の方へ手を持っていった。そして、強く握り締めて、右手でわたしの手を包み込んだ。
「キスしていい?」と言ったので、うなづいた。「いいよ」と言った。
「目、閉じて」と言ったので、閉じた。

じゃあ、またね、来週ね。とお互い言って、元気よく別れた。