c71の一日

生活の記録

過去の話

今日は生徒さんが、互いに素になる数がわからないというので、ベン図を使って説明しました。一瞬でわかったことに感動したらしく、目がキラキラして、笑顔になってくれて嬉しかったです。


仕事を頑張って、生徒さんが喜んでくれると、働いていてよかったなあ、と思います。

今日はゆっくり話を聞いて、本当に苦手などうしようもない教科が何か、聞き出すことに成功しました。
春休みにはそれをやろうね、と話しました。



ブログを彼氏が読みました。それで、わたしの過去の話を聞き、そんな人だとは思わなかったと言われて、彼はショックを受けました。


だから、しばらくブログを更新できなかったのです。新しく、何を書けば良いのかわからなかったからです。でもやっぱり今まで通りに書きたいと思います。すべて今まで通りには書けませんが、わたしは書くのが好きです。


わたしは、彼氏が、ショックを受けたのを見て、だから、読まない方が良いと言っていたのにと思いました。これで別れるのはばかばかしいし、わたしの過去は消えないし、わたしは自分の過去を恥じていないし、過去があってのわたしだから、全部とるか、そうでないか、だと思いました。それでも、悲しくなって泣きました。なんでか、わかりません。


人が聞いて後ろめたいだろうと予測するような過去を持っていたからといって、わたしは自分がして来た選択を知られたとき、反射的に謝ってしまった自分を後悔しています。


わたしは恥ずかしくないし、人に後ろ指を指される覚えもないし、自分の自由な考え方や、善悪の持ち方が他の人と一致していないからと言って、わたしは謝らなくて良かったんじゃないかと思います。


それは、わたしが相手を好きでいることと、関係がないことです。



彼氏は、ブログを読んで、わたしの文章に書かれている言葉が、言葉通りに受け取られていることにショックを受けていました。わたしは、それも自分の障害なのかもしれないなあと思いました。わたしは言葉通りにとって、水に流すことができません。だからそういう風に言ったつもりじゃなかったのに、と言われます。


人間が生きていると、不本意なことがたくさんあります。清楚に生きられる人は、良かったね、と思いますが、わたしがそう生きられなかったからと言って、裁かれるのは別の話だと思います。清楚に生きるのが好きな人はそう生きれば良いけれど、だからといって、清楚に生きられない人を裁く権利はないからです。



おっぱいパブは風俗だと思いました。おっぱいパブは、おっぱいを触ることができる場所だそうです。男性はおっぱいパブを風俗だと認識していない人もいるみたいですが、普通の状態でおっぱいは触ってはいけないので、やっぱり風俗だと思います。


わたしは人生がつらかったときに、それほど親しくない男性に、「普通に」親切にされて嬉しかったです。わたしにはそういう経験が必要でした。人間が信じられなかったからです。経験しないとわたしはわからないタイプです。それは愚かなことかもしれません。
わたしは自分のことをまじめだと思うし、人からもそういわれます。そして、わたしにいろいろなことが起きたのは、自分がまじめなことと、両立することだと思っています。わたしはいつもまじめに選択し、まじめに間違え、まじめに道を正します。