c71の一日

生活の記録

あなたは微笑んで、名前を失う

服従しないことが、最も大切な試験だ。
その試験はいつ始まるのか、いつ終わるのか、そもそも試験の内容も知らされていない。



あなたは微笑んで、なにかをやり過ごそうとする。
いやな感じだったり、いやな予感だったり、不愉快さだとか、恐ろしさだとか、面倒臭さだとか。争いごと。
少しでも有利に物事を進めたいと言う願い。相手が何をするか分からないから、保険のように微笑む。


微笑んだとたん、あなたは名前を失って、背景に後退して漂流する。役割に押し込められる。


あなたが苦渋の決断で微笑んだことを、相手は忖度しない。
あなたは自分の心を押し殺して微笑む。
そのとき、あなたの一部は死んで、あなたは名前を失う。
子どもの頃は、名前で呼ばれていた。
大きくなるに連れて、あなたは「女の子」だとか「美人」だとか「かわいい子」だとか「ブス」と呼ばれていく。
それでも、その間は名前がある。
結婚する。あなたは微笑んで、名字を失う。
愛の証だと、あなたは何かを差し出す。
「妻」となって、やるべきことが増える。無賃労働と賃金労働の両方をこなす。
無賃労働は、愛の証だと信じて、微笑みながらやるが、微笑めば微笑むほど、感謝されることはない。
ときどきあなたは怒るけれど、なだめられてなにもなかったよう。
そのとき、「役割」の強固さに気がつく。
子どもを産む日が来る。そうすると、ある日あなたは「おかあさん」になる。
下の名前を失う。あなたはやはり、愛の証、喜びの証だとそれを差し出す。
それからは「だれだれのおかあさん」と呼ばれる。見知らぬ男からも、良く知った男からも「おかあさん」と呼ばれる。生んだ子どもではないひとからもおかあさんと呼ばれる。
「おかあさん」はにこにことしていて、忍耐強く、愛情を持って、ごはんをつくる。
そういう「役割」がある。あなたはその役割を目指す。そうなれるときと、そうなれないときがある。
そのはざまで苦しむが、あなたの苦しみを見る人はいない。

だから、あなたは、賃金労働をあきらめる。子どもがいるから、熱を出すから、用事があって、休むことに気が引ける。
子どもが大きくなる。その間には、キャリアが分断されている。
だから、あなたは「自分には何の特技もない、キャリアも分断されている。子どもの帰る頃には終わる仕事につかないといけない」と思う。
面接に行けば、「子どもがいるんですよね」と言われる。
結局、単価が安い仕事につく。
そうして、あなたは微笑みながら、名前を失っていく。


あなたの虚しさは誰にも理解できない。
幸せで良いね、と言われ、人前では結婚もして子どももいて幸せだという。そんなときでもあなたは名前を失っている。