c71の一日

生活の記録

一人の世界を変えること

世界を変えるには二種類あって、一つは、社会の仕組みを変えること。
もう一つは、たった一人とかかわって、その人の内面世界が変わっていくこと。そして、自分の世界も変わること。


わたしは二つ目のことを重視して生活している。仕事の内容もそうだ。人とかかわるときにも、自分が変わることや相手が変わることを恐れないでいる。



なんでも言葉でいうから、摩擦を招いたこともあったけれど、同じことを言うのでも言い方を変えればいいのだと気づいて、自分の性質は変えないまま、より自由になった。
自閉症だから、必ず人を不愉快にするのだと決めてしまっていては、不自由だ。



フェミニズムの記事をよく書くのだけれど、女性だけでなく男性も読んでくれているのだと知った。
(なんだよ、言ってくれよ、恋人募集しているときにさ。みんな奥ゆかしいんだから!フェミニズムに親和性のある男は好きだよ。筋トレさえしてくれれば)


ミニオフ会を何度かしてみて、わたしから影響を受けたと言ってくれた人に何人も出会った。
ブログをしていると、好意的な反応はあまり届かないし、自分でも、自分をコントロールするために、あまり真に受けないようにしているから、好意的に受け取られていると、生身の人間から言われるのはパワーがあった。



よかれあしかれ、ブログを続けていると、悪い反応がより届く。それは、悪い反応をする人のほうが、わたしにメッセージを伝えることに熱意があるからだ。納得した人は納得するので、何も言わないのだ。



いい気にならないように、そんなに有名にならないように、でも、自分は曲げないように、ブログを続けている。自分を曲げなくても、自分を変えることはできると思っている。嫌なことは嫌、だけど、相手のことを考える、ということができるようになったと思う。


昔は、嫌だと思いながらもつきあったり、自分を出せないで苦しかったりしていた。



今は、ブログという場があって、わたしの考えを自由に出していることができる。そして、それに共感した人がわたしと知り合ってくれる。孤独は好きなのだけど、たまに人と触れ合うと世界が広がる。わたしの世界が変わる。情報が増える。感情も増える。


わたしにももともと感情はあったのだろうけれど、それの出し方が人と違っていた。演技するように合わせていたので、苦しかった。
今は、普通にしていても、誰も何も言わない。学校を卒業してから、普通、ひとはそれぞれの人に関して興味を持たなくなるからだ。




興味を持つのは利害関係のある人。商売をしたい人。わたしが病気だと知ると、なれなれしくしてくる人がいた。食生活を変えたほうがいいだとか、それは、でもその人の利害なのだ。


だから、わたしは自分に興味を持つ人が怖い時期があった。
でも、ブログを通して知り合った人は純粋にわたしのことを気に入ってくれる。c71はわたしの人格の一部に過ぎないけれど、それでもありがたいことだ。
わたしはもっといろいろなことを知りたい。世界にはわたしの知らない、豊かなことがたくさんあるらしい。
わたしは植物が光を求めるように、明るいものを求めていきたい。


暗闇に落ち着いていたころは懐かしい。
でも、わたしは胎児のようにまどろむ時期を終えたのだ。