c71の一日

生活の記録

「障害者として生きる」レビューについて

レビューが案外気になって、落ち込んだり喜んだりします。


趣味に合わないと言われたときは、うれしかったです。
ブログの読者じゃない読者家の方が読んでくれて、しかもレビューしてくれたんだな、ずいぶん遠くまで届いたんだなと思ってうれしかったです。

だから、意に添わないレビューは気に入らないということは全くないです。
読んでくださって、しかも、感想を書いてくださる行為自体がうれしいです。


でも「障害者として生きる」は、内容と関係のないレビューが★ひとつでいくつかついています。
わたしのブログがどうとか、ツイッターがどうとか、相手の反論を認めないとか。
わたしが考えるに、わたしへの反論は自由です。ただ、コメント欄に書かれたことをすべて認証をするかというと、それはできません。心が壊れてしまうから。


あんまりひどいものは、IPごと引用して反論します。言われっぱなしだとしんどいですし、IPを「さらし」たところで、情報開示請求まではしていないから、プロパイダがわかるくらいのことです。


そういうことを、本の内容と関係なく書かれていて、参考になった、を押した人が何人かいることにショックを受けました。


この本ばかり、狙われるのは、障害者差別じゃないかなと思います。
障害者のくせに恵まれている、許さないみたいな。


相模原の事件を分析した本ではないことは、あらすじに書いてありますが、「分析していない」「自分語り」と言われました。
ノンフィクションで、ある一人の障害者はこんな風に生きていて、楽しいこともある、苦しいこともある、だから殺そうとは考えないでね、というメッセージを送ったつもりでした。


四冊本が出ていて、内容に関係のないレビューを書かれるのはこの本だけです。

障害者差別をするとき「差別しますよ」と自覚してする人も、宣言している人もいませんが、これは障害者差別なんじゃないかなと思います。障碍者のくせに幸せそうに暮らして、ということじゃないかと。
恵まれていると書かれていますし。


障害者であるだけで、恵まれていません。それに、わたしは親との縁がなく、それも恵まれていません。
これ以上何を望むのでしょうか、と書かれていましたが、わたしは自分の幸せを追求するために生きています。
だから、誰にどうこう言われたくない、というつもりで、本を書きましたが、力が足りず、伝わらなかったようです。


これからも、本を書いて、精進します。
もっと、わかりやすい本を書きます。