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c71の一日

生活の記録

移転します

メタタグにnofollow,noindexタグを入れられたので、はてなブログから移転しました。 – c71の一日
この記事に書いた通り、
http://blog.c71.jp/
に移転します。
理由は、

meta name="robots" content="noindex,nofollow"

こういうのを勝手につけられたからです。
個人情報を流布したとのことだけれど、とある人のハンドルネームを載せた本のリンクを張ったから、はてな運営が無断で検索よけするのと、なんか理屈があるんですかね。もう、信頼できない。
そういうわけで、移転します。
はてな運営から、二度とトップページには載せないし、検索よけも未来永劫外さないといわれたので、そうですか、って感じ。

起業ってほどじゃないけど、プチプチ起業

去年からベシー占いをして、塾講と平行してました。

ぼちぼち仕事になりました。

今は塾講を体を壊してやめたので、縦書きエディタ開発、ベシー占い、Amazonで本を出す、Skypeで授業、家で塾、ホームページ作成、起業の相談受け付け、などを組み合わせてやってます。
多角的経営!
小さいけど。

まあ、それで小銭を稼いで六帖さんと合わせれば暮らすくらいにはなる。


会社員は二回やったけど向かなかった。


もうおうちからは出ません。


すごく儲かるわけではないけど、からだ壊したなりに働いています。


レール、あったらよかったんだけどね。
レールにのって、人生やるのたいへんだからね。
好きで降りたわけじゃないけど、降りてしまったからそれなりに生きていきます。

レールあってないようなものだからなー。

眠れない

気持ちが冴えてしまって眠れない。

色々気にかかることがあるためなのか、なんなのか。
Googleやヤフーで検索されない理由がわかった。
はてな側で、検索避けのメタタグをいれてたからだ。nofollow,noindexタグ入れられてた。
わたしからはどうしようもない。いじれない。
強制的に入ってるから。

独自ドメインをとったので、しばらくはてなで独自ドメインをやってから、引っ越すことも考えている。

他人がいい気分になるために、わたしは存在しない

以前入院した後、退院してから、父の家に世話になった。
そのとき、食事をときどき作るように言われたのだけど、食事のたびに毎回泣いた。
それは、切り方や、味付け、食材の処理の仕方にあれこれ言われて、「あなたのために言っているのよ」「あなたをよくするために言っているのよ」「食べる人のことを考えて」ときたからだ。


新玉ねぎのスライスをサラダに添えたら、塩もみしてから水にさらせと言われた。
元の家では、そのまま食べていたけど「家じゅうが玉ねぎ臭い」「辛くて食べられない」と言われた。
それがつらかった。



あの家にいるときはよく泣いていた。
泣かされるようなことを言われるから泣いているのだけど、泣くことが悪いみたいだった。
男物の服をよく渡された。

今日はドライブに行った。
お客さんが来て、運転してくださった。
美術館に行って、楽しかった。


知らなかった世界がまた開けた気がした。


親がいなくても、もう大丈夫などころか、いないほうが幸せに暮らせる年なんだなと思った。
親に感謝なんて、たぶん一生言わない。
好きな部分もある。愛着もある。それでも、会いたくない。
憎い。
憎さを持てあます。
でも、憎いという気持ちを、自分で持っていたい。
憎み切りたい。



日常的に動揺させられたり、中してくる人がいないだけで、とても楽だ。説教をして「あなたのために言っているのよ」とどこで役に立つのかわからないことを、自信をもって言われるよりも、何も言わない人がいい。


今でも、怒りが噴出して、眠れない日がある。
何もできない日もある。
会わないでいるしかない。憎しみに耐えるしかない。自分で抱えるしかない。



病気をしているときに「つらい思いをしていれば優しい人になれる」と言われたけれど、わたしの病気を自分のために利用するのか、と思って不快だった。
わたしが優しい人間になったとしても、誰かにやさしくするために病気になったわけじゃない。
わたしはただ単に運が悪くて病気になった。
そのことに意味づけをされたくない。
ただの体の反応や、不幸を、自分にとって都合の良い形に変えて、体験を奪おうとする人は嫌いだ。
わたしが病気でやむを得ず知ったことや得たことは、誰かに還元するためじゃない。
もちろん、わたしが還元したいときにするものだ。



優しい人間になれたからなんだというのか。
わたし自身が幸せにならないと意味がない。


道端の花に注目したり日常の小さいことに感動できるようになるといわれたが、もともとわたしは花に気づいたり、日常のことにうれしくなったりする質だ。
自分がそうじゃないからと言って、あとから感受性を身に着けたからと言って、自分をわたしに反映してくる人は、自分と他人の区別がついていない。



弱い立場にいると、劣っているとみなされて、自分は正常な人間でえらいと思いたがる人に、説教や助言のごみ箱にされる。
そうした人たちは、きっと、いい気分で眠るのだろう。


わたしは彼らをいい気分で眠らせたくないから、もう、会いたくないんだ。

不安を抱える

不安だ。
最近は家に閉じこもってばかりいる。
不安なのはどうしてなのかわからない。
気分の上がり下がりは、自分の意識ではコントロールできない。
ただの気分なのに、わたしを左右する。


不安を人のせいにする人もいる。
「あなたがこれをしてくれないから、わたしは不安になった」と攻撃する人だ。
そういう人は「自分がこうしてきたから当たり前のこと」を他人にも求める。
わたしは空気を読めないから、知らないうちにそうしたルールを踏んで失敗してしまう。
とくに、コミュニケーションの暗黙の了解みたいなものは、わからないんだと、今日も痛感した。


不安になるのは、ある程度は自分の問題だから、自分で抱えるしかできない。
もちろん、パートナーに話したり、友達に話したりはする。



それでも、やっぱり、わたしの中に巣食う不安は消えない。

どうして、今日、こんなにも不安なのかわからない。


今日は友達と毒親の話をした。
毒親は、相手がほしがっていないものを押し付けて、感謝しろと迫る。
でも、いらないものだから、感謝できない場合がある。
表向き感謝して、後で捨てればいいのだけど、そういう風にできない時期があったなと思った。


親が理不尽なことをすると、相手に対話を求めてしまう。
でも、親は対話を求めていない。わたしが受け入れるのを当たり前だと思っているから、対話を求める時点で、逆上されてしまう。


そういうことを思い出した。


親と離れて何年もたつのに、ちょっとしたことで思い出す。
毒親は、勝手にいろいろなことを決める。
わたしの住む場所も決めた。出ていく時期も決めた。
それに従うしかない、弱い時期があった。


今は違うんだから、不安に思う必要なんてないのに、でも、人の評価で、左右されている自分がいる。


不安だから人を攻撃する人と違わない。


不安を抱えて、それを明日目覚めたときに忘れられていたら、どんなにいいだろう。
太陽が昇れば、何もなかったようになれば。
明日は明日の風が吹く、といえる強さが持てればいい。いや、持てるようになる。


不安を抱えて、明日の朝を待つ。

低迷している

最近、いろいろなことが低迷している。
ブログも低迷している。書くことが減った。アクセスも減った。c71の一日をグーグルで検索しても出なくなった。
かなり悲しい。
また、一から出直すしかない。


最近書いていたことに、価値がなかったのか、なぜなのか、わからないけれど、また、文章を書き始めるしかない。
最近は体調が悪くて、ずっと寝たきりだった。
体がだるくて、すぐに横になる。横になっても眠れない状態が続いている。


今はとても悲観的で、有意義なことや、面白いことを書けそうな気がしない。


不安が不安を呼ぶ。


よいニュースもある。新しい生徒さんが増えるかもしれない。
今度は、大学を受験する生徒さんだ。
勉強をしよう。


今日はインド料理のチキンカレーを作った。おいしかった。よいこともある。
散歩もできた。豆かんを食べた。


曇り空の日はなんだか憂鬱だ。


ストレッチをした。
お灸もした。できたこともある。



子供の話が話題に出て、六帖さんが嬉しそうだった。
今は、体をよくして、ネットでできる仕事をちゃんとこつこつ進めることが大事だ。
うまくいかないことをどうしたらいいのか、考えても答えが出ない。
不安がひどくなる。原因を考えてもわからない。
グーグルの考えていることが分からないんだから、仕方がない。


仕事をときどきもらえるから、それをきちんとすること、体を整えること、気持ちを安定させることが大事だ。
いまだに気持ちが乱降下するのはなぜなんだろう。


今までブログにどんなことを書いていたかも忘れてしまった。
最近のいざこざで、自分のもともとの文章を忘れてしまった。
喜んでもらえるもの、自分が書きたいもの、それを書いていこう。
そうするしかないんだと思う。

Skypeで塾の授業をしました

はじめて、Skypeで塾の授業をしました。


中一の男子生徒でした。
(許可をとって書いてます)


授業は、ノートに図を描きながら、カメラに見せつつ解説しました。


今回は問題を解かず、解説のみでした。

問題を解くときは、同じ問題集を買うとよいかなと思いました。



久しぶりに授業ができて、楽しかったです。