c71の一日

生活の記録

脱社畜と精神病

期せずして脱サラをしてしまった。
なんというか、結果的に脱サラ。
地崩れ脱サラと呼んでほしい。

もう、何の覚悟もなく、何の見通しもなく脱サラ。

選んだ訳でもなく脱サラ…しつこい。

今は、半分農家、半分資金稼ぎみたいな働き方が流行っているようだ。
インターネットの人、phaさんみたいな働き方とか、いろいろ。
わたしとの違いは、彼らは自覚的にそうしたこと、わたしはそうではないこと。

ここは開き直って、もう、せっかくだから、そういう生き方をしてみようかな、とも思う。
だって、仕方がない。どうしようもない。そうなってしまったんだ。
働けない。

稼げない、これからどうするんだ…と思うと脱力する。
脱力している間に一日が過ぎる。
それでも、少しずつ病状は良くなっているので、ずいぶん外の世界に対する興味が復活してきた。

以前は、文字を読むこと自体ができなかった。世の中の流れとかもわからなかった。
宙に浮いた眉の中で眠るような日々。
人と会って一時間もしたら抜け殻になるほど力尽きた。

それがどうだろう、今は、ブログを読んで、情報を集めたり、ブログを書いたりしている。
これが単なる躁状態だと言う可能性を捨てきれないのも、精神病患者のチャーミングさだと思う。
今気づいたけど、多分躁状態だと思う。自重しよう。
文章を書いている短い間ですら、ぐらぐら揺れるのも精神病患者の愛嬌だ。

ブログを読んだところ、みんな、ITで稼いでいるらしい。
アフィリエイトだとか。

脱力。

途方に暮れた。

ITとお金を稼ぐところの途中が全然わからない。
プログラムは頑張ればできるようになると思う。
でも、その先、どうやってお金に変換するのか、ちっともわからない。
プログラミングしてから考えればいいのか。それはそうか。
というような思いで、頭がぐらぐらして、はっと気づくと二時間くらいたっている。
わたし、精神病患者はすっとろい。


会社はできれば辞めたくなかった。辞めずにキャリアを積んだ方が良かったと思う。
ろくなキャリアにならないうちに辞めることになった。
すぐ仕事を探せばいいという人もいたけれど、それは無理だった。
わたしの病気のことは、わたしとわたしの主治医にしかわからない。
だから、説明しても、反論しても、どうしようもなくて、だから、人はあきれて離れていった。
そういうものだと思う。

だから、辞めなくてもいい人が、前向きに辞めることを、尊敬はしても、実感として、どうしてその選択をしたか、飲み込めない。わたしは、未練たらたらだ。

それでも、今やっているアルバイトはとても楽しい。
働くことがこんなに楽しいことだったのか。知らなかった。
アルバイトは、わたしと社会の接点だ。
一番誇らしいことは、納税していることだ。

会社員をしているときには、働くことはいやで仕方がなかったし、毎日がだるかった。
一生このままなのか、うだつがあがらないのかと思っていたし、いらいらしていた。なるべく楽がしたかったので、愚痴が多かった。税金も納めるのはいやいやだった。
一生懸命働いていたつもりだけど、今思うと、やる気がなく、手間ひまに対して鈍感だった。
だから、やることはいっぱいあって、やっているつもりだったけど、実際には何もやっていなかった。
そういう低いレベルの状態が、会社の家畜と言えなくもなかった。
自分の意志を持っているつもりだったけれど、悪い意味でプライドがなかった。
それに比べて、一生懸命、骨身を惜しまず働いている人は尊敬する。そういう人は、すばらしいと思う

アルバイトを始めて、楽しいことがだんだん増えてきた。
映画を見ることも楽しいし、本を読むことも楽しい。文章を書くことも、絵を描くことも楽しい。
眠ることも幸せだし、朝に焼いたトーストにオリーブオイルをかけるときは、本当に一番嬉しい。
これからも、趣味を少しずつ増やしたいと思っている。
将棋もしてみたいし、勉強もしてみたい。資格にもチャレンジしてみたい。
アルバイトに対しての方が、責任感が持てている。
この一時間がいくらになると思うと、熱が入る。

書いてみて気がついたけれど、わたしは病気になって、得たものが結構あるみたいだ。
どうして、健康なときに、気がつかなかったんだろう。
健康なときに気がついていれば、最強な生き物だったのに。
わたしは気がつくのが遅かったけれど、他の人は、みんなこういう幸せを知っているんだろうと思う。

選んだ訳ではない脱サラだけど、なってしまったものは、仕方がない。
仕方がないと思ってしまった以上、先のことはあまり心配せず、今のことを一生懸命やろうと思う。

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