c71の一日

生活の記録

性暴力は規範を壊す

わたしは、性暴力加害者が、性暴力を認めて、それを文章に書いたことが、あまりにも嬉しくて舞い上がった。

それはつまり、誰かが言っていたけど、あまりにも傷ついて、加害者がどうしてそれをしたのか、理解したくなるほど傷ついたってことで。


じゃあね、性暴力は相手の領域を侵害する行為だから、強盗に例えると、強盗をしたことを理解しただけの人を応援できるかというと、できない。
でも、わたしは、応援したかった。嬉しかった。変わっていくところを見たかった。
わたしは、どうして強盗がわたしを襲ったのか知りたかった、じゃないとその理不尽を理解できなかったから、ってなる。


あれは、性暴力の告白に他ならないと思うのだけど、あの話を強盗で整理すると(わたしのために、強盗で話をしないと、理解できない)
子どもの頃から窃盗や、毀損を繰り返していた少年は、その罪を理解することなく大人になり、人を脅して、金品を強奪するようになった(ひどいことを言って、女性に嫌がらせをして、ストレスで痩せさせ、その後セックスする)。
それでも、彼は、捕まらないし罰せられない。
そのうち、じぶんのしていることは、「何か」である、たとえ良いことをして、たとえば痴漢を見つけて注意したりするようになるけれど、自分が引き裂かれているように感じる。
そして、女の子を深夜に呼び出して、その告白をする。
たまたま、女の子は、強盗の被害者だった。その加害者は捕まっていない。
女の子は強盗に遭ったことを誰にも話したことはない。
その後、男性は、自分が強盗だったことを告白する。そうしたら、ネットで賛美両論が起きる。
そして、女性が、強盗を擁護する。強盗を許したわたしは無知で弱い人間ですかと。
かばうようなタイミングで。


捕まっていない強盗と、全く別の人に(捕まっていない)強盗された被害者と、二人で深夜に話し合うことなんて何もない。
それどころか、恐ろしい構図だ。
後悔しているなら、出頭すれば良い。そして、罪を償えば良い。だけど、そうしないで、女を選んで強盗告白をする。
そして、盗んだものの値段を気にしたことがないという。


というのは、やっぱり変だ。
わたしは強盗に遭ったけど、強盗が、再犯しないように願っているけど、それは、わたしの仕事じゃないとわかっている。行政の仕事だ。
そして、彼が、強盗をしたと言う認識を持つのは当たり前だと思ってるし、そのことに感謝なんてしない。罪を償うのも当然だと思う。わたしの左腕を返せ、ってあのときは思った。
そして、その後、強盗と深夜で二人っきりになって、強盗の告白をして泣かれたら、恐怖で許すしかないだろう。
麻痺する。

わたしは、強盗を許せない、と今思ってる。それは、規範まで壊されなかったからだ。
でも、性暴力は規範まで壊す。許しちゃいけないものまで許すようになる。
それが、性暴力の恐ろしいところだ。
されてることは、同じようなことなのに、強盗は許さないのが当たり前なのに、性暴力者は罪を償っていなくても、また、全く別人に対する犯罪だとしても、被害者が許す局面があまりにも多いのだ。
仕方がない、ってあきらめることが多いのだ。
強盗に遭ったら、仕方がないってあきらめますか?あきらめないですよ、わたしは。



出頭したら、いろいろなことを失わないといけない。本当の犯罪者になる、って感じするものね。でも、それが罪を償うってことだ。
性暴力者は倫理も歪んでしまっている。
人当たりが良くて、話しやすくて、面白くても、人間的魅力があっても、わたし自身がどれだけ、「加害をしたという認識そのもの」を歓迎したとしても、ダメなものはダメだ。
わたしが弱いとか、告白された女の子が弱いとか、関係なく、社会悪だから許したらいけない。
自分の領域や意思を飲み込まれるから近づいたらいけない。


強盗が、わたしに対して、ネットで炎上しているから、かばうようなコメントを出せとか、自分の意思で許したんだとか、書いて「自分の意思で許したってことにしよう」って提案されたらぞっとするし、そうじゃなくて、自分自身で強盗をかばってあの強盗は良い強盗なんです、自分も強盗に遭って救われました、って書いたら自分自身が相当医療を必要としているだろうし、実際強盗に遭ったあとは医療を必要とした。
そして、強盗が代筆して、わたしは無知でも弱くもなく自分の意思で許しましたっていったとしたら、わたしの自意識に侵入されたと感じる。
そして、強盗が同じジャンルの被害者に許されたとしても、実際の現実の自分でした相手に許されることと全然別。
別だし、許されても罪は消えない。


強盗だと、わたしも普通に考えられる。
でも、性暴力のままだとうまく考えられない。
それって、やっぱり、わたしも性暴力を通して、規範を壊されたからだろうなと思う。
だから、今でもつけ込まれるんだなと感じる。


わたしはあの女の子の文章を読んで、本当に力が抜けるほどだった。

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