c71の一日

生活の記録

被害を受けてから長い年月が経っても

わたしは、虐待されて育った。
虐待から逃げるために男に走った。
男に虐待された。
虐待されて育ったから、領域を侵害されても仕方がないと飲み込んでしまう。だから、同じようなことを繰り返す。


男性からの暴力的な被害に定期的に遭っている。
その度にひどく傷つく。自分の非についても考える。
周りからも非難される。味方は少ない。
ネットで得た友だちだけが味方だ。そもそも人に話せない。だから、行政や医療を頼っている。普通の人には理解できないからだ。
そして背負わせてはいけないものでもある。


わたしの逃げるためのノウハウは、公開したいところだけれど、虐待男が参考にしても困るので公開できない。


被害から長い間生き延びて来た。
被害に遭わなくなってから、数年経つ。でも、わたしの真ん中には、被害のことが中心にあって、それを整理するためにかなりのコストが払われている。だから、いつも体調が悪い。効率が悪い。疲れやすい。楽しみにくい。感情が鈍魔する。深刻な睡眠障害がある。眠ると死ぬと思う。包丁を抱えて眠っていたことがある。



わたしは男に暴行されたと、暴行したことを後悔して泣く男をかわいそうだと思って慰めた。
グロテスク。
わたしはまだ未成年だった。



その傷はまだ痛い。わたしの価値観のすべてを歪ませる。濁らせる。
わたしには人を見る目がないのだと、ずっと思っていた。
最近、分析力があるから、そこまで人を見る目がないわけじゃないと言われて驚いた。
コンプレックスだったからだ。



わたしは、自分が悪くないと言い聞かせながら、それでも、真実のところは、わたしが悪いのだと思っていた。



被害の直後は、混乱していたから、大丈夫だった。加害者を助けたい一心で、加害を受けていた。
加害を受けて、加害者を慰める。そのパターンだった。



被害から長い時間がたってからも、わたしは彼を助けないとと歯を無意識に食いしばる瞬間がある。
憎くて殺したい、殺すのも汚らわしいと思っている相手を。
助けないといけないと思っている。



いやなことをいやと言えない。したいことをしたいと言えない。顔色をうかがって、いつも自信がない。
だから、つけ込まれるとわかっている。そして、また自分を責める。
地獄のようだ。
そして、自分の非を誰よりもせめていて、だから、治療も地をはうようにゆっくりとしか進まない。
治療をしているうちに、人生の楽しい時期が終わるんだなと思ったとき、一年くらい泣いていた。
他の人が楽しんでいる間、わたしは苦しみ続けるんだと思った。



被害を受けて、すぐ、立ち直れるわけじゃない。
遅効性の毒のようにゆっくりと人生を悪化させる。
からだを弱くし、病気にさせやすくし、友だちに心を開けないようになる。人間不信になり、アディクションに逃げる。そうやって生き延びようとすることを、今は愛しいと思うけれど、アディクションを責める人もいる。



被害から長い時間がたって、ようやく、傷の重さがわかってくるところがたくさんある。
若い頃にはわからなかった。
治らないことに絶望した。
絶望してからも生きなくてはならない。
絶望の先がある。
それが希望なのかはわからない。
ただ、他の誰も、経験してほしくない。でも、加害は、わたしの都合を無視してやってくる。自分のスケジュールでやってくる。
長い年月が経ってからも、わたしは未だに搾取されやすい。
わたしは事実を見たい。怒りを感じたら、それを出す。わたしを尊重しない人は無視する。空気を読まない。
安全でないと判断したら、逃れる。
被害から長い年月が経ってからも、思いもしない障害が出て来て、直しながら、誤摩化しながら、生きている。
だから、若い女の子が、加害者に、引き寄せられていくのを見ると、同じ目にあってほしくないと、どうしても願ってしまう。なにもできはしないのに。悔しい。

広告を非表示にする