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c71の一日

生活の記録

国民って言い方やめましょうよ、市民、って言おうよ

国民、ってコールしていると聞いた。
国民の言葉のどこがだめなの?と思う人がいると思う。


日本には、たくさんの日本国籍じゃない人が住んでいる。
仕事もしている。税金も納めている。あんまり知られていないことだけど。
そして、屈辱的なことに、彼らには、選挙権がない。
国民という言葉は、人を分断する。日本には外国籍の人がたくさん住んでいて、たぶん、日本に骨を埋める人たちが、国籍を持っていない場合が多いのだった。
日本語だって話せて、日本語しか話せない人だっている。


そういう人を、分断したら、だめでしょう。
戦争はみんなにかかってくることだから。

法律基礎論や憲法概論に、「市民」って言い方で載っていたことに、当時は驚いたものだ。
市民?なんで?国民じゃダメなの?

でも、そう、配慮してあったのだ。今思うとすごい。排除しないように、なっていたのだ。

教養は、人を排除しないために必要だ。
そして、教養は人を傷つけるためにも使える。心と、教養、両方あると、とても良い。


市民、って言い方が、絶対の正解だとは思わない。
だけど、国民、って言い方やめましょう。



追記


コメント欄から
たりさん より 引用

なぜなら、「『国民』は外国籍者を含まない」は、外国籍の人々の人権を損なっている政府の立場なのです。
逆に、そうではないとして権利獲得で闘っている人々にとっては、「『国民』には外国籍も含まれる」という主張が最大の柱の1つになっています。
例えば、以下の外国籍の方の参政権獲得を訴える訴訟の判決をご覧になれば、訴えた側の最大の拠り所が「憲法15条1項にいう『国民』とは国籍保持者のみのことではなく社会の構成員として日本の政治社会における政治決定に従わざるを得ない者をいうと解すべき」であることがわかると思います。
http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/2-1.html
なので、「『国民』には外国籍者も含まれる」が当然のこととして社会に定着しないと、いつまでたっても外国籍者の平等は実現しないことになりかねない面があるのです。

とのことでした。


とても複雑な問題です。
不勉強なことで申し訳ありません。知ったので、改めます。