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c71の一日

生活の記録

わたしはうまくないから、時々泣けないでいる

今年のはじめ、良くしてくれていた祖母が亡くなった。
葬式に呼ばれなかった。


その後、家族との縁がどんどん切れていって、自由になった。
自由は寂しいものだ。そして、尊い。

わたしはユーチューブを最近見るようになった。去年は音楽を聴くことが苦痛だったけれど、今は見られるし、英会話を覚えるために、外国のメイクアップ動画を見る。


わたしはうまくない、だから泣いてしまう。
泣いてしまえる時はいい、でも、泣いてしまえない時もある。


仕事は年々うまくいっている。今年は石垣島に行って、原付で一周した。こけてバイクを壊してしまったが、無傷だった。


収入は増え続けている。塾講師の仕事は、高三の数学と国語を任されるようになった。評価されるのはうれしい。
上司は、とてもいい人で、きれいごとを言うだけでなく実行している。理不尽なことをしないので、働きやすい。
わたしはルールに沿わないことが苦手なので、ルール通りに、理念通りに、仕事を進めることができてうれしい。
毎年収入が増えるのはうれしいことだ。


今年はさらに頭がおかしくなって、ベシー占いというのを始めた。
www.vesii.jp


ヒプノセラピーを受けたら、他人格が増えて、その人が占いをすると言ってきかないので、サイトも作った。
人の役に立ちたいとのことだ。よろしくね。


悲しいこともあったような気がするけれど、すべて遠い。


わたしの凸凹は、気にしない人たちによって、問題にならなくなった。
薬も効き始めて、メンタルも安定した。
ダイエットも少しずつできている。散財もなくせたら、もっといいだろう。
来年の課題はダイエットと、散財をしないことだ。


休みがないので、ストレスがたまる。リフレッシュできない。だけど、前の会社もよかったけど、女だから、という扱いがなくなったので、喘息気味だったのも治ったし、アトピーもよくなってきた。
わたしのアトピーは、わたしの人生に重くのしかかり、生きる上で不自由だった。
そのせいであきらめたことがたくさんある。


ただ、体のメッセージを聞き続けていた結果、親から逃げるきっかけになったのは良かった。
初めて自分の人生を生きているような気がする。

寂しさも、悲しさも、奪われずにわたしのものだ。
怒りは、わたしを生かすエネルギーになってくれる。
楽しさは、わたしを一晩生かしてくれる。夜になると、夜が心にしみこんできて、とても苦しいのだ。
だけど、その苦しさもわたしの人生の一部なのだと思うといとしい。


仕事がうまくいくことが、これほど人生の支えになるとは知らなかった。
わたしの一生の仕事にしたい。

人の人生をよりよくする手伝いができるというのは、崇高だ。
わたしの培ってきた、一度無駄だと思った、学習の技術をそのまま値段をつけて売ることができる。


仕事に行くようになって、毎日起き、外に出て、人と会話する。
それは、習慣となった。習慣はわたしの身体を整え、体力をつけ、心の重さに引きずられない精神を作った。
感情を重く見すぎていたから、それに騙されて、人生を乗っ取られるところだった。いや、乗っ取られていたのだと思う。


自分を律することが、自分を自由にする。
自分の心に支配されていた時には、わたしはしたいことができていなかった。でも、今は、違う。
身体の習慣に合わせて行動するから、お金も稼げる。お金はいろいろなことを解決して緩和する。苦手なことを楽にしてくれる。
家電や家具をたくさん買った。お金はかかったが、快適になった。家の居心地がよくなった。


わたしは生徒さん一人一人を愛している。生徒さんの親御さんを尊敬している。彼らの愛情に応えられる仕事をして、報いたいと思う。
お金以外のものをたくさん受け取っているから、お金以上のことを返したい。


わたしは精神年齢が低いから、生徒さんの目線に立とうなんて思う必要もなく、ただありのままいるだけで、生徒さんと同じところにいられる。

ただ、勉強に関しては、少し教えられる。


今年は数学と国語の教えるスキルが相当上がった。
小論文も教えられる。
生物も化学も物理もそこそこ教えられる。
今は英語を勉強している。高校英語に対して腰が引けていたけど、どうしても私に教えてほしいという英語のとても得意な生徒さんがいるので、その生徒さんのためになら勉強しようと思えた。生徒さんも、一緒に勉強するということでいいと言ってくれた。


信頼を裏切ることをしてしまうこともあるけれど、一生懸命謝って、良い授業をして、なんとか信頼回復したこともあった。



仕事をしていたら、いろいろなことから、逃げられる。お金を稼げる。逃避するのは悪い事じゃない。楽しいことを見る余裕ができる。


わたしは悲しいことを見すぎていた。
友達は離れたり近づいたりする。だから、いちいち悲しまないように、距離を保てるようにするために、仕事という大きな時間の塊があることで、わたしは安全にいられる。
仕事をしているときは寂しくない。


親戚の中では、わたしは生きられないのだと分かった。
わたしは居場所ができつつある。今年はいい一年だった。切り捨てられた痛みは、新しい場所で回復する。
運動をして、栄養バランスを良くして、体調を整えて、整理整頓をしていて、薬を飲み忘れなければ、わたしは、おかしなところもある人だけど憎めないっていうキャラでいられる。それでいい。普通の人になろうとしなくていい。



約束を守って、破ったら謝って、真摯に話せば、大丈夫な相手もたくさんいると分かった。わたしに普通を求められると、わたしは逃げていかないといけない。できないことをわかってもらう時間もない。それでいい。分かってくれる人といたら、わたしの凸凹もましになる。生かされる。



今年は、いろいろな人に助けられた。上司、精神科の先生、友達。バイト先の人。マッサージ屋さん。
占いのお客さん。生徒さん。すべての人を愛してる。
すべての人の幸せを祈る。
わたしはもう何も我慢しない。わたしは自分を信じる。