c71の一日

生活の記録

けんかとプレゼンとより良くなるための努力が出来ないこと

時間ぴったりに動いて、感情もゆるがないで、淡々とこなせるようになる、機械みたいになりたいと思うことがある。
正しいことだけをするマシーンだ。


昨日は恋人とけんかをした。
わたしが、帰ってからむすっとして、何を言われても別に、と言っていたので、彼がもう出て行くと言ったのだ。
わたしは、メルトダウンしそうだったので、極力しゃべりたくなかった。
でも、治してほしいと言うところがあったらいってほしい、と言われたのでいった。
これは、間違っていた。別に向こうが間違ったことをしているから、イライラしていたわけじゃなかったから。
向こうも、むっとした顔をしているのを見ると良い気分じゃないし、お互いストレスになるなら、離れた方が良いんじゃないかと言った。
病気があるから、と思うと、どこまでいっていいのかわからないし、素直に受け取ってもらえないこともどこまで障害なのかわからない、というので、図解して説明した。
f:id:c71:20150626072352j:plain
病気ごと受け入れるか、そうでないか、わたしにはどうすることもできないから、説明を聞いてから判断してほしいと言いました。

これが、その図です。
障害と二次障害の関係があって、認知が歪んでいて、適応できないと言いました。
だから、正しいことを言われても、侵入的に感じてしまって、「じゃあ、代わりに全部わたしの人生を生きてくれ」と思ってしまうことも話しました。
正しいことを言われて、その通りにするのは、わたしのキャパシティを越えるので、容易じゃないと言いました。
じゃあ、こちらは何も言えないの?自分がよくなるために、c71は何もしていないの?と言われました。
ちょっと頑張ればできることもやらないの?と言われました。
こっちも、別に楽をしているわけじゃなくて、頑張ったり、努力したりしているのだけど、それもしないし、してほしいことも無理だから言えないの?と言われました。

そこで、体重と、食べているものを記録しているメモと、睡眠時間と外出時間をメモしているプリントと、「困ったこと→解決法」のノートを見せて、こういう風に行動を改善するために、記録をつけ、自分の気づいたことを実行していると話しました。
話していませんが、お金の問題もあるので、家計簿も付け始めました。始めただけで、続いてないから、まだ話せませんけれども。
人から言われることだと、受け入れられないけれど、自分が気づいたことならできるし、やっていきたいと話しました。


それと、彼の家事の要求水準についてです。
彼はもう少し、わたしに料理をしたり、外部を頼らないで欲しいと言いました。
自分でできるようになること、自分で料理を作ることが一般的だと話しました。
今のところ、彼が作る回数の方がやや多いです。でも、ならせば同じくらいです。
基本的に共働きなので、フィフティーフィフティーが当然です。
そして、今、わたしは料理が出来ないのです。
料理を作るには、献立を考え、食材の買い出しをし、管理をすることが大切です。
わたしは、今までのところ、食材の買い出しと管理をしてきました。
だから、彼もあるものを作って料理が出来たわけです。あるものがあるには、それを買いにいく人が必要で、ゴミ袋や調味料の消耗品の補充はわたしがやっていました。洗濯物は各自、自分の分をしていたし、掃除機はわたしがかけていました。ゴミ出しの日を把握して、ゴミを出したり、排水溝の掃除をしたりもわたしやヘルパーさんんがしていました。
だから、そのことを伝えました。
そして、「結果的に食べられれば良いのだから、わたしは一人だったら簡単に済ますけれど、二人だとそうじゃないから、ヨシケイを頼んで、どちらが料理しても、献立を考えたり、料理をする労力を最小限に減らして、短時間にできるように手配している。だから、ヨシケイを頼むのは、調子が悪くても、どちらかが、簡単に料理できたら良いってことだから、その時点で同じようになるようにと考えているからだよ。それも家事なんだよ」と話しました。
そうしたら、
「それは、あまり良い考えじゃないと思う。結果的に食べられれば良い、というなら、毎食外食する、とうことも良い、ってことになっちゃうじゃん。普通の家庭は、たいへんでも、自分で料理しているわけでしょ。だったら、自分らも、努力して、そうするように目指した方が良いじゃん。
こっちもc71ちゃんが病気だから、あまりどこまで言えばいいのかな、今は出来ないかな、と思っていたけど、やっぱり、もうちょっとというのはあるよ。みんな、俺もだけど、誰でも頑張って、人から言われたら、もう少し頑張って努力して、より良くなろうと思うわけじゃん。それは病気でも変わらないでしょ。

そして、家帰ってから、しんどいから、ベッドでネットするのが必要だ、ということなら、そうなんだろうけど、こっちの都合で、便利だから住まわしてもらっているんだけど、お互いストレスなら出て行った方が良いじゃん」と言われました。
そこで、「たぶん、各家庭によって、その価値観は違っていて、おそらくだけど、親元で生活していて、おかあさんに料理を作ってもらうことが当たり前だったから、毎食手料理を食べるのが普通なんだと思う。でも、わたしは十八歳から一人暮らしをして、ご飯を食べ続けて来たけれど、一食を作るのは楽しいし、簡単だけど、毎日作って食べるのは、そんなに簡単じゃない。特に、一人なら毎日同じ鍋を食べる、ってことももできるけど、二人だと、人に食べさせるものだから、そうじゃないし。
一回分を作るのは楽しいよ。今のあなたの家事はそういうことなの。
家庭によって、いろいろな価値観があって、ごはんは自分で作る、というのが、あなたにとって、当たり前かもしれないけれど、わたしの友だちは、結婚してから一度もごはんを作っていない人もいるし、外食で全部済ませる家もあるよ。
それぞれで、普通ってことじゃないよ。
食べていくために働いているんであって、食べられていたら、その方法は問わないのがわたしの考えだよ。
毎日自炊するのは、そりゃあ、出来たら良いけど、毎日ってすごく大変なことだよ。
そして、家事は、見えない部分の家事があって、わたしはたしかに散らかしていて、整理整頓が出来てないから、イライラさせているのは知っているけれども、掃除機をかけたり、トイレを掃除したり、トイレットペーパーが切れないように買い出ししたりしているの。そういうの、気づいていて、把握するだけでも、家事なんだよ」
「トイレットペーパーは俺も買い出ししています」
「まあ、そうだね。でも、たとえば、ゴミ袋がなかったこと、今までなかったでしょ?それは自然に湧いて出たわけじゃなくて、わたしが買って来たんだし、光熱費も自然と払われているんじゃなくて、わたしが払いにいったり、自動振込に手続きしたりして来たわけ。そうやって、便利にして来たわけ。そういう手間は見えない家事なんだよ。やらないと簡単だけど、やると、いつも家事のことが頭にあることになるから、けっこう煩雑で、複雑なんだよ。だから、栄養バランスのよいものを食べられるように、ヨシケイを手配するのも、家事の一環だし、実際に作るかどうかは、大事なことじゃないんだよ。食べられるかどうかなんだよ。毎日ごはんを作り続けるって、とても大変なことで、一回作る、というのとは質が全然違うんだよ」と言うことを話した。

自分で、ヘルパーさんを頼んで、自分の生活の質が良くなるようにしたのは、わたしだ。
そして、わたしは、今家事を全部やるのが難しいし、ヘルパーさんが来てくれることによって、体調が良くなって、今までより家事が出来るようになったのだ。それには一年時間がかかった。

わたしは、精神年齢が低いから、なかなか、簡単にはいかないし、二次障害で、ずいぶん認知がこじれてしまっている。
だからか、そうじゃないからか、しらないけど、正しいことをそのまま飲み込もうとすると、自分が乗っ取られてしまうような感覚になる。


「普通の人」も努力して、もっと頑張ろうと思っているんだと、彼はいった。
わたしもそう思う。
わたしは、見えない部分で、普通っぽく見えるようにするだけで、かなりのエネルギーを使っている。
基礎が低いから。
昨日はメルトダウン寸前だったからむすっとして見えた。でも、わたしはメルトダウンして叫んだり暴れたりしないようにすることだけで精一杯だった。
「それにつきあわないといけないわけ?暴れたらびっくりするよ。むすっとされたら、やっぱりいい気分じゃないよ」と彼はいう。


だから、わたしは「病気の部分を含めてわたしをとるか、そうでないか、どちらかは、選べる。わたしはそれについて、何も言えない。ただ、わたしは説明するけれど、それ以上のことはできない」
と言った。
彼は、自分が出て行った方がお互いのストレスをなくせて、その方が良いと言った。
わたしは出て行ってほしくなかったので、泣いた。
でも、どうするかは、わたしには選べないことだった。一応頼んだ。
それ以上のことはできないと思った。
わたしは頑張っているし努力しているけど、人の目には見えない。もっとやれるはず、もっと頑張れるはず、という風に見える。それはわかる。それに、こんな面倒な病気や障害を持っているひとと一緒にいてほしいとは言うだけは言うけど、もちろん強制できない。そのデメリットを越えたメリットなんて、わたしには提示できないし。
何年もかかってゆっくりできるようになる、ということをわかってもらうのは難しい。
わたしの障害は人に好かれるタイプじゃないよな、と思った。


とにかく、今日のところは出て行かないらしい。
仲直りはしたらしい。
でも、明日のことはわからない。
そう思うと不安になる。
わたしといたくて、来た、ということはないわけじゃないけれど、やっぱり仕事の都合が良いから、と、一応わたしが恋人だから頼みやすい、ということはあったらしい。
一人でいた方が、安定するなら、一人でいた方が良いんじゃないの、と言われたけれど、別に一人でいた方が安定していたわけじゃない。どちらにしても、不安定なのだ。
今日のところはきっと出て行かない。
明日のことはわからない。